理解するにはとりあえずやってみる

ホームページが理解できました

ずいぶん昔の話になりますが、ホームページを作りたくて悪戦苦闘していたことがあります。いくら本を読んでも、ホームページビルダーで作ろうとしたも、どうしても分らなくて理解もできずに、何ども挫折を繰り返しておりました。2~3年ぐらいした、ある日のことです。あるホームページ作りを説明しているページが目に入ってきました。

タグを見ただけでめんどうそう

突然、何の説明もなく次のような簡単なタグが書いてありました。
<html>
<head>
<title>私のホームページです</title>
</head>
<body>私のホームページです
</body>
</html>
何度も見ており、もう見あきた文字です。「なんだ、相変わらず同じような難しいことが書いてあるなぁ。訳わからんぞ」っとか思いながら、ぼんやりと目を通しておりました。

まずタグを書いてみました

「何も考えずに、メモ帳に同じように書いてみて下さい」とあります。

「フムフム、同じことを書くだけならできるけど、っまぁちょっと書いてみるか」
っで、言われるままに長々と書き込んでみましたです。

「ふーっとりあえず、できたけど」すると

「次に保管場所を決めて、すべてのファイルを選んで、index.htmlで保管してみて下さい」っとある。

「まぁ、しかし相変わらず面倒だね」
「とりあえず保管場所をつくってか、よー分からんが、i・n・d・e・xっと、これでいいんかいな」プチ

「っん、なんか表示が今までと違うみたいだけど」

「今度はそれを開いてみて下さい」とある

まずエディタ機能を理解

「ああ、開くのね」プチあれー、あんなにごちゃごちゃ書いたのに、標示されたのは「私のホームページです」っという、たったこれだけかいな。「なんじゃコリャ」っと思っていると、標示されたのを確認してから「これはこういうことなんですょ」とタグの説明などしており、すごく分かりやすくて「なるほどです」ちょっと理解できましたです。

「うーーむ、何となく分かってきましたような気がするな、フムフム、だっだからー」

「次に、ようこそ<br>と書いて上書き保存して閉じてください」

「ふーっ今度は<br>かいな」プチ。やはり言われるがままに書き、上書き保存して、また表示してみます。

「段差ができたはずです」とある

「うんうん、できたできた」

同じように「それでは<b>で囲ってください」

「あれ、ホントだ大きい文字になってる」

ホームページができました

「<center>で囲って下さい」「<font>で囲って下さい」進んでいくごとに、中央・色つけ、と変化していきます。その調子で言われるがままに次々と書こ込んでいくと、ナント簡単なホームページができてしまいました。つまりすべてに、できてから、タグの説明をしているのです。自分で実現できてから説明を聞くと理解ができるようです。

調子に乗って、つぎつぎと書いていくと、段々といい感じでホームページが、できていくではありませんか。「うーーむ、なーんだこういうことだったのか」っで、リンクやテーブルができたときはボロリと目からウロコが落ち、自分にとっては最高の黒船到来でした。「こ、これは面白い」そこから火がついてからは、自分でいろいろと調べてまくっては、ホームページ作りにハマりこんでしまいました。

とりあえずやってみる

今まで、あれだけ本を読んでも理解ができなかったのに、分かってきたところで同じ本を読むと、不思議ですねー、実によく分かるのです。いくら本を読んでも、最初の一歩を実際にやってみないとダメなんですね。っとうより、理解するにはその方がずっと早いです。できあがってから説明を聞くと、すごく理解できる。貴重なページにたどり着いたことに感謝です。

そこで、第一歩を踏み出そうにも、腰が重くてなかなか始める事ができないっということは、頭の中であれこれ考えているからではないのかな。ひょっとすると、まずは理解しようとすることを意識しているのではないのかな。私もそのように思っておりましたが、何もしないで理解するよりも、とりあえず何らかのアクションを起こした方が、はるかに早いです。分からないなりにこのタイトルのようにとりあえずやってみることだと思いました。

第一歩を踏み出すためには

なかなか始めることが出来ない第一歩を踏み出すためには、まず自分がやろうと思ったことはアレコレ考えるよりも、とりあえず何らかのアクションを起こした方か早いです。分からないなりに、ちょっとやってみることではないかと思います。

最初の第一歩は
何も考えずに気負わずに
やってみる
しかも、このちょっと
が長続きするようです

ちょっとがいいようです

近所のお手伝いをちょっとした為に、一生の仕事になったり、ちょっと飲んだおかげで、アル中になったり、ちょっと横になったりするとトタンに眠くなり、そのまま朝までになっちゃう。とか良い事も悪い事も、この「ちょっと」から始まっていることに気がつきます。

10階建てのビルに登るには、一気に登ろうとしないで、とりあえず「うーん、ちょっと上ってみるか」っで、まずは目の前にある一段を上ってみる。一段目に立ってみて、そこから次が始まり段々と分かってくるのです。

一番上には
自分の夢が待っている
をイメージしながら
今見えている
目の前の一歩を
踏み出してみる

ちょっと一段ほど上ってみるか

私がホームページを理解できたのも「フムフム」で軽く一歩を出し徐々に勢いがついてきて、あるページがヒントになって分かってきたのです。じつわ、このページは何度も見て知ってはいたのです。今までに理解できなかったのは自分に受け入れるだけの力量、つまり器が未完成だったのです。

同じものを見てチャンスだと捉えられるように、分かろうとしながら階段を一歩づつ上って行くと器が広くなってくるのです。実際に一段昇ってみると次に行ってみたくなりますし、今度はそんなに時間がかからないです。だんだんと勢いがついてくるのです。

階段を上っていなければ、そのページを見たとしても、「分からないや」っでスルーしていたと思います。試行錯誤しながら自分の器の中に受け入れ準備ができたところへ、チャンスがきたのでものにできたのかです。

やりたいことなどすべては
このちょっとからを意識して
始めてみるのがいい
のではないのかな

と感じました

ちょっとの重大さ

物事の始まりは
このちょっとから
始まっているのです

人に何か頼まれたりしたときに「ちょっと待ってくれ」とか「ちょっと行ってくる」とか 瞬間的に動くときに、なぜかこの「ちょっと」という言葉を反射的に使っています。何気なく無意識に使っている、この「ちょっと」という言葉には、人間が無意識に動いてしまうという重大な意味が込められているのです。

静止しているものを動かす時は、初めには膨大なエネルギーを必要としますけど、一旦動いてしまえば、後は軽く押しただけで加速していきます。何か始めようと目的を見つけた時に、まず最初の一歩さえ出ればいいのです。

最初はちょっと動けばよし

最初にちょっと
うーーん、よいしょ
と動かしてみるのです
後はだんだんと加速していく
ということなのです

しかし、この一歩がなかなか出ないのは、今までの出来事と思い込みから、経験のない未知の世界なものだから、不安が先に立ってなかなか出ないのです。この最初の一歩を動かすのに、人間であるが故に膨大なエネルギーを必要とするのです。だからあまり深く考えないで、ちょっとを意識して、とりあえず軽く一歩踏み出しましょう。

実際にやってみると
意外と簡単だったりして

良いことも悪いことも
この「ちょっと」から
始まっているのです

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