多重債務から立ち直る

多重債務者からの相談

自分の経験からのアドバイス

多重債務者からの相談を聞く機会がありました。相談者2人の方を含め、6人での席です。自分にも経験があり、辛い事情はよく分りますし、債務整理の終結に向けて、どんどん解決している最中であり、気ずいた事が、たくさんありますもので、相談役に参加しました。相談者は、若い娘さんと母親です。母親の方が、多重債務になっての相談なのですが、自分の債務だけでなく、娘さん名義でも数社から、借りており、かなりの重症です。私の場合は、特定調停という方法を選びましたので、その方面と、その時の考え方などしかアドバイス出来ませんけど、その道に詳しい専門家や経験者などを含めての参加なので、心強いかと思います。

相談は、まずじっくりと話を聞く事から始めます

最初の1時間ぐらいは、今ある借入の総額・借入先・毎月の支払い・借入の開始日などや、今までの経過など含めて、じっくりと話を聞きながら、記録していきます。苦しくても今ある現実から逃げないで、まず現状を把握する事。それから、自分の力で正面から解決するよう、心がけて下さいとやんわりとアドバイス。悩みをすべて吐き出すまでのその間に、考え方や債務処理の方法、そして相談者に合った、一番いい解決方法などを考えていきます。4時間ぐらい話合いましたが、私と同じ特定調停を選ばれましたので、その方法が人間として、一番いい方法だという事を実感しており、考え方などを変える事の重要さなども分かっているので、じっくりとアドバイス出来ます。

悩み事は相談した時点から解決に向かって行きます

悩みごとは自分が悩んでいるだけなのです

もし、いま悩んでいるとしいたら、ちょっと目線を変えて周りを見てみませんか。よくよく観察してみて下さい。外に出て軽く散歩してみるのもいいです(コレお勧めです)。そうすると何か感じてきます誰も知らん顔して、何もないように振る舞っているのです。自分の存在なんて、まったく関係ないように、無視して通り過ぎております。周りの環境や状況などは何も変わらない、と言う事に気がつくはずです。何も変わらないのに、ただそこに悩んでいる自分がいるというだけ。くよくよしながら、まったく前に進めない。いつまでも足踏みしている自分がいる。このシーンをイメージ出来た時に「このままでは、いけない」っと感じるはずです、気が付くはずです。

悩むよりもどうするか

私が経験して悟ったことがあります。それは悩んでいる自分がいるだけで、周りの人達は何もしてくれないのです。身近な友人、上司、親族、女房、など、まったく何もしてくれないのです。

何もしてくれない

何も出来ない

何もする必要はない

何かすればお互いに不幸になる

分かってはいたのですが
知識として分かっていただけで
自分の器に入っていないかったのです

自分のものに出来た現実行動に、すごく感動した経験があります

誰も何もしてくれない
そのことが分かった時から成長が始まるのです

たいがいは悩んだ挙句、切羽詰まった挙句。行き詰った時に、やっと相談に来るのです。私がそうだった為に解決が長引いたので、よく分かりますです。じつわ悩みごとは、大したことではないのです。相談したという今の時点で、すでに解決しているのですが、あとは行動すれば良いだけです。問題は解決して行こうという気持ちが、あるのかないのかという事なのです。

行動すれば良いだけなのですが

話している内に、これがなかなか腰が重たいのです。解決するという目標を持って、そこに向かうということを、自分の中で決めてしまえば、行動できるはずなのですが、相談者は、若い娘さんと母親です。しかも、母親は、多重債務を簡単に考えており、娘さん名義のカードで借りていても、罪の意識はなく、娘さんも、まだ若いし健康なのに一度も働いた事がないそうです。特定調停という特典を話していても、まったく困った顔のうわの空です。

バニック状態

話の内容よりも頭の中が「困った、困った、困った」の一色で、まさにバニック状態なのです。話をしていても全く聞いておりません。ただオロオロしているだけで、いま一歩の行動が出来ないのです。それでも何とか分からせようとして、少しでも自分で働くようになど話し合いました。っが、やっと腰を上げて裁判所の前までは行ってはみたけど、そこで躊躇してしまって、とうとう受付までは行けなかったそうです。手ぶらで帰ってきました。

本気の行動が必要

その後、何度も話し合いましたが、娘さんがどうしても、仕事はしないですし、母親も他人事のように考えており、進展が全くありません。特定調停の流れは、自分で働く意欲のない人や、これからの支払っていくという、改善意欲のない人などは向かないのです。あれだけ長々と話合っても、特定調停の流れを全く理解されていないようですし、やっと裁判所まで行ったはみたけど、調停委員との話も焦点が合わずで、自然消滅やむを得なくして他の方法を選ぶ事になりました。そして私の出番はなくなりました。

自分の意思がうまく伝えられなくて、他の方法を選ぶことになったのは、残念で仕方ありませんでしたが、もっと納得できるようにできなかったのか、多重債務も含めて、ふりかかってくる難問を克服して、幸せになるため、うまくいくためには、どうしたら良いのだろう。何となく考えさせられてしまいました。

(私の解決方法である、特定調停の流れですが、詳しくは「サラ金地獄からの脱出」で紹介しております)

幸せになるための考え方

自分の思っていることを人に伝える事の難しさを痛感したところで、反省しきりです。これを機会に少し考えてみました。多重債務から立ち直って幸せに暮らして行けるようになるためには、どうしたら良いのだろうか。周りを見てみると、幸せに暮らしている人がたくさんいます。

あの人達は、なぜ良いことばかり起こっているの
あの人達は運がいいな
どうしたらあんなに、幸せに暮らしていけるのかな
っと思いがちですが、そうではないのです

その人達だって同じように、たくさんの問題を抱えているのです。多重債務かもしれません。仕事上の事かも知れません。家庭内、恋愛、人間関係かも知れません。現実の起こった事実を受け入れて、自分でコントロールしているに過ぎないのです。アレコレと悩んだり、どうにかしようとパニックになっているだけでは、解決とは程遠いいばかりか、正しい判断さえ出来ません。悩むより自分でコントロールしていくことを考えた方が得策です。

目的に向けて第一歩

長い人生慌てる事はないです。多重債務で苦しんでいる今から、すぐに裕福になる事は不可能だと知ることです。だから、まずは目の前の一歩を、幸せに向けて前進してみる事です。その第一歩が相談です。しかも相談する相手は、それなりの専門家であるべきです。専門家だと少しハードルが高い感じがしますが、アドバイスが的確でマトを得ているので、解決が早いです。ついつい身近な人に相談しがちですが、経験のない人達は同情して慰めてはくれますが、解決にはど遠く得策ではないのです。決して悪気はありませんが無責任なのです。

問題が起こるのは自分の力不足

日々、暮らしていると必ず問題が起こってくるのは、あたりまえのことで、良いことばかり起こっているとしたら、逆に疑ってみるべきです。多重債務だけではありません。すべてに対して「最近、調子がいいぞ、うまいことばかり起こってるぞ」っとか思っていたら「まてょ、そんなことはないはずだ。これは絶対におかしい」っとか思ってみるのです。不具合が起きるということは、自分が選択して歩んで来たことに対して、自分の力不足だけなのです。誰のせいでもありません。すべてに対して用心して気をつけて行くというクセをつけていきます。

多重債務の場合でも最初のキッカケは
その直前に良い事があった場合が多いいのですから

自分の欠点を教えてくれている

多重債務に陥る人は
借りるは得意ですが返すのは苦手です
生き詰まった時の処理は特に苦手です

ここで、面倒くさいからと言って、後回しにして逃げたりしていると、同じような事が追いかけてきます。しかも大きくなってです。新たに起こる同じような問題に対しても、対処できる免疫ができてないものですから、また逃げてしまうという悪循環に陥ってしまいます。その結果「何でオレはダメなんだろー」的人間になってしまいます。・・・あのーっここで、ちょっと考えてみて下さい

いま、ものすごく良い事が起こっいるのですょ
ひょっとして
いま良い事が起こっいること事態に気が付かないで
見過ごしてしいるのではありませんか

ピンチはチャンス

病気も大きな病気になる前に、小さな病気にかかって免疫力をつけて行きます。だから大きな病気にかかりにくいのです。それと同じように、人生からはみ出ないように「さあ、どうするのかね」っと、小さな問題を投げかけているのです。問題が起こらなければ、免疫をつけて行く事が出来ません。つまり、何か問題が起きたということは、当たり前の流れであって、自分の欠点を治しなさいと教えてくれているので、むしろ有難いと、考え方を変えてみる。免疫力をつけなさいとう絶好のチャンスなのです。「あの人が悪い」「アレさえなければ」「なんでオレだけ」などなど、他人のせいするよりは「じゃあ、どうするか」的に考えたほうが、免疫力が付いてきて、自分が成長していくというものです。次に同じことが来ても難なくクリアできるのです。起こった問題は重要ではなくて、どのように考えて行動するかが重要なのです。私もこのピンチをチャンスに変えたおかげで、迷いのない良い事ばかりだらけの素晴らしい人生を歩んでおります。

楽な事よりも苦しい方を選ぶ

じゃあ問題がおきた時に、実際にどうすればいいかです。楽な方法よりも、苦しい方法を選んだほうが良いように思います。今こうして、おちついて考えると、苦しい方が自分のためになるので、良いという事は分かりますが、実際では、一時も早く苦しさから逃げたくて、無意識に一番楽な方法を、選んでいるのではないでしょうか。

この楽な方法を選んでいると、その時は早く楽になって、良いように感じますが、自分の中に「対処していくという免疫」ができないものですから、あまり良い結果には、ならないような気がします。逆に、一番苦しい方法を選ぶと、良い結果になるように思います。「自分に対処できるという免疫」が出来上がっていものですから、将来同じことが起こっても、難なく乗り越えられるというものです。

ちなみに辛いという漢字は+の上に立つと読めます
辛いと感じたらプラスの上に立って成長しているのです
その辛い事を続けていると上にの花が咲いてきて
幸せと言う漢字になってきます

という漢字ですが
木の上から真っ白な幸せ
ハネを生やして飛んで行くように見えます

病気になっても、なるべく薬に頼らないで、自力での免疫回復のチカラを意識して対処した方が、免疫力がついて、はるかに得策というものです。一番苦しい方法は、自分の欠点を指摘されるものですから、すごく抵抗を覚えて、敬遠しがちですが、、自分の中に居座っている、偉大なるもう一人の自分が覚えて込んでしまって、楽々立ち直してくれるからです。そして考えなくても、ごく自然に、無意識に、克服できるような行動をとり始めるのです。

うまくいっているから幸せじゃなく
起きるべき問題にぶつかっても
その手腕を持っている、今の自分が幸せなのです

一番苦しい方法を選ぶ

問題に対して、考えてみる癖をつけていくと、人や周りのせいにするなんて、まったくの無意味だということが分かってきます。そして、解決していくたびに、感動を覚えて行き、この感動を積み重ねることによって、長い間には天地の差がついてくるというものです。

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