喜んでいると急に悪くなる

良い事と悪い事は交互にやってくる

毎日、生活していると、こんな経験はありませんか。すごく調子がいいと思ったらトタンに悪い事が起きる。しかも立て続けにです。また、暗く沈んでいたと思っていたら、良い事が起こって、急に目の前が明るくなったりです。そして、これを何度も繰り返している内に

アレー、良い事と悪い事は交互にやってくるのかなとか

なんとなく感じたりします。そして、ある程度、年齢を重ねてくると、良い時には慎重に、そして悪い時には開き直って、優雅に過ごしてみるなどの行動をしたりして。そして、そしてです、嫌なことがあって沈み込みそうになっても「考えても仕方ねえや、何とかなるわいな」っと、いかにも余裕のあるように振る舞ったります。そうしている間に突然、良い事がやってきたりします。じつわコレ私の場合なんでけど、なんだか人生この繰り返しのような気がしてきます。っで、みんなもそうなんじゃぁないのかなと、勝手に思っておりますです。

良い事と悪い事は同時にやってくる

でも最近ですね、良い事と悪い事は交互にやってくるのではなくて、同時にやってきているように気がしてなりません。すべてのことに裏表があるように、黒があれば必ず白があり、右があれば左、好きな人がいると思えば、どこへ行っても嫌いな人が必ず存在します。良い事の後ろには、必ず悪い事がひそんでいるし、悪い事の後ろには、必ず良い事が待っているのです。

人生すべて二面性

「人生歩んで行く道には山あり谷あり」とよく聞きます。山があれば必ず谷があります。上りがあれば必ず下りがあります。まったく相反する二つの事柄は、裏表にあるものですから同時にやってきているのだと考えております。そして人生長ーい道は、広かったり狭かったり、そして大きな山、小さな山、大きな谷、小さな谷があります。山と谷があって登ったり下ったりして人生を過ごしております。

良い事である山に登っていると、その後ろ側には必ずと言っていいほど、谷があります。そして、その谷には草で隠れて見えない落とし穴があります。しかし登っているので向こう側は見えません。まして、落とし穴なんて草で隠れていて、まったく見えないです。その落とし穴は大きかったり小さかったり、または浅かったり深かったりしています。調子が良いからといって、油断なんかしていると深い落とし穴に落ちたりします。予期せぬ深い穴だったりするとパニックになり、抜け出るのに時間がかかったり、最悪抜け出れなくなったりしてしまいます。

このように考えて、山に登っている時は、その後ろには必ず落とし穴があるぞーっということをイメージしてみる。無意識に慎重になってきますです。そして何をやるにも調子の良ければ良い時ほど、深い落とし穴があるので慎重にします。そんなこんなで、落ちたとしても一番軽く済むようにと、登っていきます。慎重に慎重に「ちょっと待てょー、これでいいのかなー」です。落とし穴から余裕で這い上がれると、今度はまた登る山が見えてきます。期間の長い短いはありますが、人生この繰り返しではないでしょうか。困ったこの落とし穴ではありますが、成長するには必要な事であり、落ちることによって、登ることの楽しさが倍増してくるというものです。

ジャンプするには一度しゃがむ

より高くジャンプするには、思い切ってしゃがみ込む必要があります。そして、勢いをつけてジャンプすると、より高く飛ぶことが出来ますっと言うよりも、一度しゃがまないとジャンブする事はきません。山の向こうにある落とし穴は、このジャンプ前の助走の期間だと考えます。人間の成長は実にうまくできているものだと感心してしまいます。

ものは考えようで、落ち込んで辛いと感じたら、ジャンプする前の準備をしているのだと考えます。辛いという漢字はプラスの上に立つと書きます。辛いと思ったらプラスの上に立っている。自分が成長している時だと思えば喜ぶべきです。そのように考え方を変えてみると、やがて来る明るい未来が待っており、辛い事など当たり前になってきて、乗り越えて行っている、という免疫ができ上ってしまいます。しかも無意識行動なので、まったく苦にならないばかりか、これから先の全体像が見えてきたりして、今まででは、まったく気が付かなかった周りのくだらなくて気にする必要なも、ないような事柄でも見えてきたりします。そして、何をやるにしても余裕をもって、行動出来るようになるのだと思います。何も考えないで、がむしゃらに「困った、何とかしよう」と、一生懸命に行動していたのでは、そのうちに息切れがして疲れてしまいます。つまり、この理屈を理解して、いま良い事が起こるジャンプに備えているのだと考えた方が、楽で得策のように思います。

人間万事塞翁が馬

そういえば中国に「人間万事塞翁が馬」という諺があります。

詳しくはググってみると良いと思いますが、いろいろな意味があります。良い事と悪い事は繰り返してやってくるもので、先の事なんて予測できる訳がない、良いからといって安心してはいけないし、悪い事が続いたからといっても、落ち込む必要もない。また、悪いことの原因が直前の良いことであったり、イヤなことがあったおかげで、すごく感動することが起こったりと、人それぞれによって受け取り方が違うと思いますが、良い事ばかりではないのですょ。悪い事ばかりではないのですょ

要するに
いま起こっている状況に、振り回されてはいけない
という意味なのだと考がえます

今落ち込んで悪い状況にあるとすれば、良い事が起こる前ぶれ。良い事が起こった時に充実するために、今の苦しい時があるのだと考えます。また、今調子が良いという時は、その裏に悪い事が潜んでいて、すぐにでも、ハタマタいずれは悪い時期がやってくる、という前触れなので、恐れるのではなくて、いつ来ても良いように心の準備、対処しておくことを考えるベだと思います。

災難も好機も忘れたころにやってくる

この理屈を考えないで、起こった状況に対して一喜一憂しながらズルズルとして過ごしていたのでは、どうにもならないぱかりか、進展がありません。ヘタすると、無意識に働いている自分のからだや自律神経などがパニックになって、最悪「いい加減にしろょ」と怒ってきます。その結果、ご存じのようにストレス障害などが表れてきます。こんな人が、身の周りには何人もおりますです。

うまく行っている時は、前しか見ておらず、後ろを見ていないと、コツンと頭をたたかれるぞ。悪い時は「心配しないで、どうにかなるわいな」の方が、うまく物事が運んで行くように思います。

飛行機曲線

分かってはいても、うまく行った時には、これで良いのだという安心感が、どうしても生まれてきます。人間だから、特に初めて上手く行った時などは、達成感というものが芽生えてきて「うわーっやったぜ。ふーっ」です。キットこれからも長く続くだろうと、そして自分の夢は達成できたと勘違いしてしまいます。

本当は、このうまくいったという時が、出発点なんです

たとえて言うと、飛行機が滑走路を走っていて、段々とスピードが出てきます。そして、ある時点まで来るとフワリと浮きますが、まさにこの時なのです。そこで安心してしまうと当然ですが、落ちてしまいます。フワリと浮いた時が出発点で、さらに加速(努力・試行錯誤)していきます。どんどん、どんどん加速をして、加速をして、これでもかっというぐらいに加速をして、そして安定した状態まで行くと、今度は機体の安定を維持する為の操作を必要とします。

そしてしばらくは安定速度を維持していておりますが、やがては目的地に着きます。そうすると今度は着陸です。静かに、ゆっくりと着陸します。人生でも、ある時期が来たら、静かに降りることを考えます。この飛行機の離陸から着陸までの移動曲線をイメージして、私は人生をうまく乗り越えていくための飛行機曲線と呼んでおります。

じつわこの話なのですが、ひと昔前リフォーム工事をしていた時に、ものすごい大金持ちの人から、休憩時に、さりげなく言われた言葉なのです。「なるほど」っと、感心しながら聞いておりました。その時以来、私は、いつしかこのイメージ曲線の事を「飛行機曲線」と名ずけてから、意識して生活していたようです。

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