怒っている人への接し方

怒っている人を理解してみる

怒っている人への対処の仕方なのですが、相手を変えることはすごく難しいです。っと言うよりも不可能です。指摘すればするほど、相手も悪化して来るし、自分も悪化して来るだけです。この怒っている人に対して、どう対処して行けば良いのか考えてみたいと思います。

怒る事って、相手に伝わるのは言いたい部分よりも、感情の部分が伝わってしまうだけで、全く無意味で無駄な事なのに、自分の思うようにしてもらいたいがために、ゴリ押ししている。周りの人達は私の言っている事が、なぜ分からないのか、そしてなぜ思い通りに動いてくれないのかなど、当たり前のように考えている事が分かります。

ここである事に気がつきます。それは、自分のやった事がカガミに反射して、同じことが自分にハネ返ってくるという、よく言う「カガミの法則」が思い浮かんできます。よくよく見てみると、怒りっぽい人は必ずと言って良いほど、相手の事を分かろうとしないです。さらに相手の言い分などは聞き入れませんです。もちろん相手の為に動く事など、まったくしないです。分かりやすく言えば、怒りっぽい人に限って、相手の事を聞かない、分かろうしない、自分勝手な人だという事になります。やはり「カガミの法則」で、誰かから、又は何かから、同じように怒りがハネ返って来る事になります。そのことに対して、また怒る。この繰り返しで、だんだんとエスカレートしていきます。相手の事を受け入れてみれば、自分も受け入れてもらう事ができるのですが「早く気がついてね」です

じつの話ですが、私だって若かりし頃は、ずいぶんと怒りっぽかったのです。商売していたので、そうしないと周りに負けてしまうからです。仕事上で、ある程度の怒りは必要だと思うのですが、その延長で生活の中にまで無意識に入り込んでいたような感じがします。特に女房には、つらく当たっていたように思います。しかし、遅かりし50を過ぎたころから、さすがに違和感を憶えて何となくですが気が付いてきました。今考えてみるに、もっと早くが付いていればという感じはしておりしますが。そのころ自分が怒っているだけで、当然ですが周りの人達は何もしてくれないですよね。それどころか、徐々にイモを引いたように、自分を避ける雰囲気が漂ってきます。

更に体にも異変が起こります「閃輝暗点(せんきあんてん)」です。極度の興奮やストレスなどから、強いライトを直接見た後のような、キラキラした光が突然起こり、光の環が視界いっぱいに広がって、視界の大部分が見えなくなってしまいます。しばらくすれば治まるという視覚障害の一種ですが、誰にでも起こりうる表情で、とくに治療も必要ないし、あまり興奮するなと言う事です。っが、当時は心配と同時に「うーーむ、怒る事って自分に害になるだけなのカナ」少し謙虚さを意識し始めたのです。

話を元に戻します。さすがに違和感を感じながらも、何となくですが気が付き始めて、少しずつ分かってくることになります。そして、気が付いた事は、周りの人が何もしてくれないと分かった時から、自分の成長が始まって行くと言う事です。ごう慢でゴリ押ししている間は、自分が正しいと思っているので、まったく進歩がなく、成長が止まっている状態なのです。分かりやすくいうと、子供のころから成長していない、ダダをこねているというイメージです。相手は子供なのです、大人的な考え方を持っている私たちは「早く大人になってょ」的に見守ってあげましょう。まずは、この事を受け取る側が理解しながら

「怒る」と言う感情部分は捨ててみる
「言っている内容」の現実しか見ないようにしてみる
焦点を怒りに合わさないで、言っている内容の方に合わせてみる
更には
焦点を怒りの人から自分のハッピーライフに合わせてみる

焦点を変えてみる

怒っている人は、ダダをこねている子供です。焦点をちょっと変えてみれば、案外と気にはならないものです。むしろ、怒っている人が哀れで可哀そうになってきたりして、余裕さえ芽生えて心が広くなってくる感じです。そうすると、心が広くなったのか冷静な判断が出来て、自分に合った一番良い対処方法が、見つかってくるのだと思います。

他人を変えるより自分を変える

でも、怒られたら、確かに嫌な感じがします。しかし、周りを見渡しても、平気で涼しい顔をしている人や、別に嫌がっていない人もいると思います。その違いは何だろう、前記事にあるように、受け取る側の考え方にあるようです。怒りっぽい人を、優しくなるように変えることは難しいでが、自分を変えるのはカンタンです。ちょっと考え方を変えてみてはどうでしょうか。いやいやカンタンだと書きましたが、これも非常に難しいとは思いますが、自分のことですから、方法があればやってみる価値はあると思います。その方法なのですが、まずは 怒っている人に対して 人それぞれに受け取り方が違うと思います。何も感じない人もいるだろうし、無意識にうまく避けている人もいるような気もします。このようにあまり気にならない人は別として、怒っている人に対しての感じ方のタイプを三つに分けてみました。

気になる・不快に思う人
カチンと頭にくる人
暴力を振るったり行動に出る人

まずは怒っている人に対して単なる気になる・不快に思う人という事は、それと同じような事を、自分も誰かにしているという事なのです。またまた出ましたカガミの法則です。自分のやった事がカガミに反射してハネ返ってくる、現実問題として回りまわって自分にハネ返ってくるという法則です。よーーく考えてみると、自分だって弱いものに対して、無意識にしていることがあるのではないだろうか。たとえば子供に対して、「早くしなさい、まったく遅いんだから」っとか言うと子供にしてみれば「あーっオレは遅いんだ」「のろまなんだ」「みんなの足手まといなんだ」っという感情になってしまいます。事実は、子供の動きが自分に対して遅いっという事でありながら、あとの「のろま」感情が、大きく伝わってくるのです。怒っているほうは、無駄で意味のないことに、まったく気が付いていないのです。

特に自分よりも弱い相手に対して、キズつける事などを感情的に言ってはいないか。無意識に怒りながら言ってはいないだろうか。怒っている人が気が付いていないと同じように、自分の言動には案外と気が付かないものです。ちょっと振り向いてみてもイイかも「人の振り見て我が振り治せ」で、じっくりと思い出してみると必ずあるハズです。そうする事によって、怒っている人への対処するという、自分に合ったベスト方法が自然に分かってくるのです。実際に相手が怒ってきたら、事実だけを受け入れて対処するようにして、間違っても正論を通そう、と言い合いにならないよう、一目散に、なるべく早く、すぐにでも立ち去るべし。他人を変えるよりも、自分の考えを変える方が、はるかにラクなのです

そして、怒っている人に対して気になるを通り越してカチンと頭にくる人は、その人と同じレベルだということなのです。例えば、子供が怒っていても、大会社の社長のような人が怒っていたとしても、カチンとは来ないです。レベルが違うからです。怒っている人をみてカチンと頭にくる人は、子供がダダをこねているようなものなので「一緒にしないでくださいょ」っで、包み込むような目線で「早く大人になれょ」「早く気がついてょ」ぐらいの、哀れみの気持ちで見てみれば、自分は何にでも対処できる大人なんだぞ的になって、心に余裕さえでき、自分の器が広くなってくるというものです。考えてみれば他人の性格の悪さで、自分が翻弄されてしまうなんて、実にバカらしいではないですか。

すごく怒っている人の前で
「申し訳ありません」
なんて、涼しい顔で言っている人を見ると
「うーーむ、この人って、出来るなー」
なんて思ってしまいます

逆に正論を押し通そうとして
「上司とケンカして会社やめたょー」
とか言っている人をみたら
「っあ、この人って、完全に負けてるー」
っとか思ってしまいます

暴力を振るったり行動に出る人

そして暴力を振るったり行動に出る人ですが、コレはもう論外でコメントする必要などないようです。火の粉が飛んでくれば反射的に払いのけるように、身をかわす・だんまり・無視が一番です。考え方として、ダダをこねている子供をイメージしてみれば分かりやすいと思います。言っている事が通じないので、そーっと、その場から逃げる事が一番、ヘタに相手するとたたかれてしまいます。

めんどうだからと、仕方なく言いなりになっていたら、ますます、調子に乗ってエスカレートしてくるものです。ダダ子に、初めに言いなりになると味を占めて、また近ずいてきます。クセになると思い通りになるものだと思い何度も近ずいてきます。うっとおしくなり、たまりかねてソッポを向くと、トタンに噛みついてきます。

怒りながら威圧して喋ってくる人は、タチの悪いダダ子だと思って、一目散に逃げるのが一番。そうしないと、相手にしていたら、こちらがパニックになってしまい、相手の感情にハマってしまう。更にはその人のオーラが影響してくるっと言う、その事の方がコワイです。もしも、それを怖がって言い分を聞いてしまうと、イヤな事をしなければいけなくなるハメになる。そして、困るのはそれだけではなくて、その人のわるーい考え方を引き寄せてしまい、自分も同じようになってくるという事の方が情けないです。

しかし、どうしても仕事などで止む無く、相手しなければ、いけない時もあります。そんな時は話の内容の中で、事実だけを受け入れてみるようにします。感情よりも事実だけを受け入れてみるようにクセをつけてい行けば、感情部分の「怒り」もハネ返せるようになってきます。「言いたいことは分かりましたっで、それは貴方の考え方で、受け入れるかどうかはの私の勝手でしょ」っという考え方で、平然と無視退散です。

もしかしたら自分も怒っていないか

怒りの中にでもタイプがあります。
・瞬間的に怒る人
・じわじわと怒りが込み上げて急変する人
・あとあとまで根に持ってしつこい人

ちなみに「怒り」をググってみますと、怒りを感じてから行動に移るまでは、2~5秒ぐらいかかるそうです。「気付いたら相手を殴っていた」というのは瞬間的なものなので、5秒を過ぎてしまえば、怒りはおさまると言うわけです。前の記事に書き込んでいる暴力を振るったり行動に出る人のように、もし怒りを感じたらすぐ行動に出てしまう人は「ちょっと待てょ」で、5秒間ほど過ぎ去るのを待ってみる事を、意識してみてはどうでしょうか。深呼吸をする・頭をぐるりとまわしてみる・ちょっと周りを眺めてみる・少し歩いてみるなどしてみると5秒ぐらいはスグに過ぎてしまいます。「できるかなー」っで試してみるつもりでちょっとです、意外とカンタンに出来たりするものです。

そして、もし自分も怒こってはいないだろうか。書き込んだ手前もう一度思い出してみるに、うーーむ、ありましたです。めったにはないですが、大声で威圧して怒ってはいるのです。誰が聞いても明らかに相手が無茶だったりの怒りなのですが、やはり大人気ないです。でも今書き込んでいる事は充分理解しておりますです。分かった上であえて威圧します。そうしないとアトアトやりにくいからです。それは怒りと言うよりも「あなたの言う事に反発しているのですょ」という事とを分からせる為の意思表示なのです、いわゆる「一本クギを刺す」という意味です。もちろんクギを刺すだけなので二度目はないです。

そんな時、あるお寺の前を通りかかった時に、ふっと見ると、ことわざが書いてありました。
「1人のつもりでいても、大勢の後押しを受けている。その感じとる心を恩という」

そうだなーーー着ている服、乗っている車、連絡をとるための携帯電話。今、このようにメモしているメモ帳やボールペン。そして、茶碗や箸など身の回りの事は、すべて大勢の人が考えたり作ったりしいる。意識はしていなかったけれども、こうして好き勝手に生活が出来るのも、大勢の人の世話になっているのです。この諺を書いた人はいろいろな経験から感じとっての表現で、この諺ができたのだろう。うーーむ、この人は怒るなんて事は、絶対にしないだろうね。つい、こんな事を考えてしまうのです。

私ですが、相手が怒ってきても、まったく躊躇することなく、平然と接しております。怒りとか威圧してくる相手は、まったく気になりません。逆にすぐ怒る人には脳出血の方が心配です。怒りっぽい人や嫌な人などに違和感を持たずに、ちょっと心配してみる。自然に落ち着いて接してみると、何だか心が広くなり、幸せの神様がニコニコしながら近ずいてくるような気がします。

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