人はなぜ病気になるの

診断で別場所に異常が

仕事仲間が入院しているというので、仲間3人で見舞いに行きました。総合病院という独特の雰囲気で、いつ来ても顔がこわばります。しかし本人45歳、顔つやも良く、もうじき退院できるらしいのです。そして、見舞いに行った一人に、大工の頭領で高齢(80歳)の方が居ましたが疲れ気味で、いつの間にか病人のベッドの上に座っておりました。二人並んでいるのを見て「今先生が来たら、病人を間違えてしまいそうだぞ」だって、一瞬マジ顔に大笑い。

別の病気が見つかる

ところで入院している本人いわく、ちょっと具合が悪かったので病院に行ったそうです。診断は異常なしで、そこまではよかったのですが、レントゲン検査で他の悪い個所がゾクゾクと見つかったそうです。本来の病気より、そちらの方に問題があるらしく、緊急を要する事態だったので即入院です。そして総合病院を紹介されたそうです。忙しい人なので、気がつかなかったのでしょう。そういえば、こちらだって忙しい「別に悪い所はないけど、ちょっと検診に行ってみないとイカンな」お互いに顔を見合わせて不安げです。

病気は必要

健康の反対は病気ではないのです。まったく病気にならなかったら、免疫が付かないものですから、ちょっとした病いでも、参ってしまいます。適度の軽い病気にかかって免疫をつけていくのです。なので私の場合、風邪をひいても、めったなことでは病院には行きません。自分の免疫をつけていきなさいという事なのですから、当然取るべき道は決まってきす。

病は気から

病院は病気を治してくれる所ではないんです
病気を治す手助けをしてくれる所なのです

病気をなおすのは、もちろん自分自身です。体の中には免疫があって、ばい菌を退治する作用があります。病気になっても自然に ・・・・・(続く) 詳しく書いた記事があります

自然界に存在しているすべて物を理解してみる

タイトルにある「人はなぜ病気になるの」ですが、このように聞かれたら、貴方だったら、どう答えますか。誰でも何かの病気にかかかってはいるも、当たり前すぎて答えに困ってしまいます。

自然界に病原体があるからでしょうか
じゃあ、なぜ病原体は存在するの

人類を含めた自然界は、太古の昔から少しずつ進化、退化を繰り返しながら、現在まで続いております。自然界に必要があるからこそ存在していると言えます。必要がなければ、すぐに退化して消滅しているはずです。恐竜は現在の環境には必要ないように、存在している物すべては、意味があるのだと思います。

理屈を考えてみる

自然界に存在している、すべてを理解してみると、どのように対処していけば良いかが、分かってくるように思います。それらすべての病原体をなくするなんて不可能ですし、何かの必要があって存在している訳ですから、なくする必要もないと考えます。共存している部分もあり、そのバランスが崩れると異変を感じ病気になってしまうと思います。

例えば私の場合ですが、ヘルペスが口や舌に出来てしまったら、何も欲しなくなるのです。直前に食べた物が、これ以上必要のないですょと教えてくれています。

病気にかかる前に病気にかかる
大きな病気にかかる前に小さな病気にかかる
っという発想が生まれます

落ち着いて、現実を受け入れてみると、対処するしかないという事が分かります。しなければ退化、消滅していくだけです。対処していけば、引き続いて進化していくだけなのです。

病気にならない方法はあるのか

地球上には無数の病気の細菌が存在しております。命に係わる重大な病気から、軽い病気まで、いろいろです。重大な病気だと思っていると、意外とそうでもなかったり、軽い病気だと思っていると、重大な病気だったり、気が付くと手遅れだったりする、くせもの病原菌など、種類もイロイロです。その反面に免疫だって存在しているのです。

今どこにいても、何をしていても、何かの病原体を吸っいるのです。なのに病気にかからないのは、進化した免疫のおかげで大事には至らないのです。たとえば、生まれて今まで病原体を寄せ付けない無菌室で過ごしてきたとします。そこから一歩出たトタンに病気になってしまいます。免疫が出来てないからです。

たくさんの病原体が、それぞれ好き勝手の攻撃のし放題で、進化論の理屈から、この世に存在する必要はない人間だという事なのです。今の環境で生きていく為には軽く病気にかかって、少しずつ免疫を強化して行くしかないのです。相反する物が共存している訳で、どちらが欠けても何らかの不具合が生じてきます。

自分の事は自分が一番よく分かっているので、健康管理は自分でしております。だから大丈夫だと過信している人。じつわ私の事なのですが、痛みを伴わない病気や、一度発生すると、驚異的な速さで進行していく、あなどれない病気などもあるわけです。先ほどの、仕事仲間の話で、軽いけがキッカケで病院での診察がキッカケで、レントゲン検査で悪い病気が見つかったと聞いた時に、「っあ、自分を過信してはいけないな」と感じたのです。自信を持つことも大切ですが、疑ってみる事も必要だと思いました。

免疫を意識する

実際に存在してる細菌がたくさんあるという事を受け入れてみれば、対処の仕方が分かってきます。病気に対する免疫を作る工夫がいるのです。どんなに良い薬があろうと、どんなに素晴らしい先生であろうと、自分の病気を治すことはしてくれません。病気になればすぐに病院に行ってしまう人がおりますけど、安心して治してくれる場所だと勘違いしているのです。

病院は病気を治す手助けをしてくれる所なのです

薬で治していたのでは細菌が薬慣れしてくるのです。先生に頼っていると、自分に免疫ができなくなります。両方をうまく利用してやるのですが、病気になった時には、まず免疫をつけるということを前提に考えて行動していきます。

私の周りで、まったく無意識、無頓着な人がおります。まだ若い方なのですが、かなりの肥満体です。いつも昼はコンビニ弁当で、わずか2~3分。まるで飲み込んでいる様子を見て、病気にならないのかなっと思っておりました。全く医者任せで、悪くなれば、なんでも薬、速攻で治す事をしております。自分で治すという意識は全く無なのです。

この人の体は悲鳴を上げていると思っていたら「麻酔が全く効かない体質なので、病院に行っても困っている」だとか平気で言ってる。「やっぱり」とか「うわー」っとか思っていると「この前、あまりにも疲れていたので、風呂場で4時間ぐらい寝ていたょ」とニコニコしながら話している。「えーっニコニコするなょ」っと、口に出しては言わなかったが、免疫らしい物がまったく感じない。理解不可能なので、急いで離れました。このような人は結構います。(私の場合、免疫だらけなので麻酔などは速攻で効きます)

病気は休みなさいのサイン

そして、病気やケガをした時は「貴方は休む時なのです」と言う意味だと思います。悪くなったことを嘆く事よりも、ゆっくり考えて、心静かに今までの自分を疑ってみる。そうすれば、体が答えてくれて、回復も早まってくるし、免疫をつけてくるので、次なる病気に対しても、対処していく事ができるのです。病気になった時は、そのたびに免疫が出来上がってくるという良い面もあるのです。

良い事も悪い事も正面から受け止める

自分は不幸だと決めつけるのではなく、起こった出来事をそのままに受け入れる。「病気になった時は、立ち止まって考えてみなさい、ゆっくりと休めばいい」です。いま起こった軽い病気の時は、次におこってくる病気が陥らないために、食生活等を、考えて、改善しなさいと言って、ゆっくりと休みなさいというサインなのです。

定期健診は必要

捨てる事を考えると、心にすき間ができます。今までやっていた趣味や好きなことを、やめてみるのも良いかもです。捨ててやれば心にすきまができます。そのすき間に免疫拡大志向を入れてやる、ゆっくり落ち着いて、心磨く時なのです。

疲れて働き過ぎた自分を少し休ませてやる

休む事も仕事のうちです。この一種の開き直りが更なる明日からのパワーになってきます。無意識に働いている自分の体に感じながら、休ませてやる。肉体的にも精神的にも、ゆっくりと考える時間を持つためにも、定期健診は必要だと思います。

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