人生は山あり谷あり

人生は山あり谷あり

人生街道という長い道のりには山あり谷ありとよくいわれております。山があれば必ず谷があります。上りがあれば必ず下りがあります。そして広かったり狭かったり、大きな山、小さな山、大きな谷、小さな谷があります。山と谷があって登ったり下ったりしております。

落とし穴がなぜあるの

山に登っていると、その後ろ側には必ず谷があります。そして、その谷には草で隠れて見えない落とし穴があります。しかし登っているので向こう側は見えません。まして、落とし穴なんて草で隠れていて、まったく見えないです。その落とし穴は大きかったり小さかったり、または浅かったり深かったりしています。調子がいいからといって足元を見ないでいると、深い落とし穴に落ちたりします。予期せぬ深い穴だったりするとパニックになり、抜け出るのに時間がかかったり、最悪抜け出れなくなったりしてしまいます。

落として試されている

本来は落とし穴は必要なものなのです。落ちてみないと分からないのです。っというよりも落ちることによって気がつくのです。神様がわざと落とし穴を作って、落としてくれているのです「さあ、どうするのかね」試されているのです。落とし穴に落ちても逆風に強くなっていく人、すぐにくじけてしまう人がおります。さあ、どちらがいいかです。

このように考えて、山に登っているときは、その後ろには必ず落とし穴があるっということをイメージしてみると、無意識に慎重になってきますです。そして何をやるにも調子が良ければ良いときほど、深い落とし穴があるので慎重にします。だからといって怖がっていると前に進むことができません。なので落ちたとしても一番軽く済むように登っていきます

学びのある落とし穴

それよりも学びのある落とし穴に落ちるのは仕方がないっというより、むしろ歓迎するべきです。「さあ、今度はどんなことで試されるのかな」「っお、きたきた今度も、またこんなことで試されている」「そんなの無視むしムシ」なんとことも多々あります。毎日が失敗したときの対処の仕方の免疫をつけていくことのへの繰り返しであります。

免疫がつきまくっていると「ああ、またかいな」っで怒る・悩む・考え込む・迷う・気にする・困るなんてことは半減してしまいます。この頭をとって「いなかまきこ」(たなかまきこではありません)ですが、わたしは数年前からモットーにしております。おかげで免疫だらけの自分には、後悔するなんてまったく無駄なことだと思っております。「今度はどのような困ったことかいな」「困ったこと、いらっしゃい」ですです。

慎重に慎重に「ちょっと待てょー、これでいいのかなー」です。落とし穴から余裕で這い上がれると、今度はまた登る山が見えてきます。期間の長い短いはありますが、人生この繰り返しではないでしょうか。困ったこの落とし穴ではありますが、じつわ成長するには必要なことなのです。一度落ちることによって、登ることの楽しさが倍増してくるというものです。

どちらを見るか

ここまで読んでみて何か感じませんですか。良いことと悪いことは共存しているということなのですが、「面倒くさいな」っと思ったときに、面倒くさい方を見るかその先にある成長していく方を見るか、どちらを見るかが大切なのです。良い面を見るか悪い面を見るか、どちらを選ぶかだけの違いなのです。労力も料金もまったくいりません、どちらを選んで生活していくのかによって、長い間には天地との差がついてくるのです。

人間万事塞翁が馬

そういえば中国に人間万事塞翁が馬(にんげん(じんかん)ばんじさいおうがうま)という諺があります。いろいろな意味がありますが、いいことと悪いことは繰り返してやってくるもので先のことなんて予測できる訳がない、良いからといって安心してはいけないし、悪いことが続いたからといっても、落ち込む必要もない。また、悪いことの原因が直前の良いことの始まりであったり、イヤなことがあったおかげで、すごく感動することが起こったりと、人それぞれによって受け取り方が違うと思いますが、良いことばかりではないのですょ。悪いことばかりでもないのですょ・・・・・

要するに
いま起こっている状況に
振り回されてはいけない
という意味なのです

今落ち込んで悪い状況にあるとすれば、良いことが起こる前ぶれ。良いことが起こったときに充実するために、今の苦しいときがあるのです。また今調子が良いという時は、いずれは悪い時期がやってくるという前触れなのですが、恐れるのではなくて、いつきても良いように心の準備をしておきなさいという意味です。

免疫がついてないと

この理屈を考えないで、いま起こった状況に対して一喜一憂しながらズルズルとして過ごしていたのでは、それに対する免疫がついてこないのです。トタンに悪いことが起こってくると、慌てたり、落ち込んだりするのです。準備をしていなければ、どうにもならないぱかりか進展がありません。やりたいこと・考えていることと行動が違うので、脳からの信号が受け取る方に伝わらず、無意識に働いている自分のからだや自律神経などがパニックになって、最悪「いい加減にしろょ」と怒ってきます。その結果、ご存じのようにストレス障害や、自分に対して反発時な状況などが起こってきます。こんな人達が私の周りには何人もおりますです。

飛行機曲線

分かってはいても、うまく行ったときには、これでいいのだという安心感が、どうしても生まれてきます。人間だから、特に初めて上手くいったときなどは、達成感というものが芽生えてきて「うわーっやったぜ。ふーっ」です。キットこれからも長く続くだろうと、そして自分の夢は達成できたと勘違いしてしまいます。

本当はフワリと浮いた
このうまくいったというときが
出発点なんです

たとえて言うと、飛行機が滑走路を走っていて、段々とスピードが増してきます。努力して努力してまだまだ努力してある時点までくるとフワリと浮きますまさにこのときなのです。そこで安心してしまうと当然ですが、飛行機は墜落してしまいます。フワリと浮いたときが出発点で、さらに加速(努力・試行錯誤)していきます。どんどん、どんどん加速をして、加速をして、これでもかっというぐらいに加速をして、そして安定した状態まで行くと、今度は機体の安定を維持する為の操作を必要とします。

そしてしばらくは、安定速度を維持していくための努力をします。やがては目的地に着きます。そうすると今度は着陸です。静かにゆっくりと着陸するように努力します。人生でも、ある時期がくると、静かに引くことを考えます。この飛行機の離陸から着陸までの移動曲線をイメージして、私は人生をうまく乗り越えていくための飛行機曲線と呼んでおります。つまり人生は常に何らかの努力を必要とする連続だということです。

この話は、ひと昔前リフォーム工事をしていた時に、ものすごい大金持ちの施主さんから、休憩時にさりげなく言われた言葉なのです。「なるほど」っと、感心しながら聞いておりましたが、そのとき以来、私はこのイメージ曲線のことを「飛行機曲線」と名ずけて意識して生活していたようです。

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