福の神と仲良くする

もしも自分が福の神だったら

どうしたら幸運をつかむ事が出来るのか、そして良い事ばかり起こす事が出来るのか。今回はちょっと逆の立場から考えてみました。

もしもあなたが福の神だったとしたら、どんな人に近ずきたいですか。どんな人の所に行ってみたくなりますか。このように考えてみると、どうすれば良いのかが、分かりやすいのではないかという感じがしましたので、福の神と仲良くするというタイトルで書き込んでみました。

福の神が好むタイプ

さてさて、怠けている人に近いずきたいですか、コツコツと働いている人の所ですか。「なんで、自分だけー」とか不平不満グチを言っている人の所ですか、「今日も元気で感謝」とかニコニコしている人の所ですか。困った顔をしている人。ハツラツとした顔。もしも自分が福の神だったらと考えて、行ってみたくなるような人に焦点を置いて自分から目指してみると良いのではないでしょうか。そのように考えれてみれば、自然とやるべき事が分かってきます。

幸運は追いかけるのではなくて
引き寄せるものだからです

福の神が引き寄ってくる事のイメージです。第三者的な目で自分を眺めてみる、すぐそこから福の神が眺めている、その福の神の立場になってみて眺めている自分はどうすれば良いのか。

福の神と仲良く

そして、いつも笑っていたり、明るく振舞っていると、福の神が近ずいて来るような感じがしませんか。それと同時に、すべての人や事柄に「ありがとう」の感謝の気持ちと「すみません」と言う謙虚な気持ちで毎日を過ごしていると、福の神が大喜びをしながら近寄ってくるような感じがしませんか。いつも福の神と仲良くしているぞ

自分には福の神が居着いているのだ
という感じがしませんか

よーし福の神を逃がさないように仲良くしていこう。そのようにしていれば、福の神が幸せに導いているという感じです。

なぜならば
福の神がいる所には
貧乏神は絶対に近ずいて来ない

からです

福の神がいなくなると

せっかく仲良くなった福の神が、逃げて行かないように振る舞ってみる。このように意識して暮らしていく事で、自然とハッピーになってくるというものです。グチ・不平・不満・悪口等には、まったく無縁で、少しでも言ったりしていると、福の神が嫌気をさして、逃げてしまいます。そして福の神がいなくなったトタンに、貧乏神が近ずいて来るので、いつも明るく明るくです。

そして
福の神と仲良く、仲良くです

貧乏神は福の神が大嫌い

世の中には、やりたくないような嫌な事がたくさんあります。しかし誰かがやらねばいけない事です。じつわ、嫌な事を進んでする行為は厄落としになるのです。このような人に福の神は近ずきたくなるのです。誰もしないような嫌な事を、平然としている人のところへ行ってみたくなるのです。

貧乏神はグチが大好き

反対に嫌な事などから、理屈をつけては避けているような人には、福の神は近ずきたくないのです。それだけではありません

貧乏神は福の神がいない所を
探して近ずいて行くのです

貧乏神は他人のイヤミ・グチ・悪口などが大好きなので、一緒になって話をしたくて、ニコニコしながら近ずいて来る訳です。いつまでも気が付かないでグチったりしていると、貧乏神が居着いてしまう事になります。そして、いつしか背中にどっぷりと、しがみついてしまうのです。

福の神が逃げると貧乏神が来る

グチ・不平・不満・悪口は無意識にしており、自分では気がつかないものです。もしも誰かが自分に対して、気にいらない言葉、態度、しぐさなどしてきた時に、負けまいと言い返したりしていると、自分はその相手と同じレベルだという事です。そのような自分には、

福の神が愛想を尽かして
逃げてしまいます

そうすると、福の神がいなくなったので、貧乏神がニコニコしながら近ずいてきます。もし、そのようなしぐさに気がついたら、「っあ、福の神が、逃げてしまう」っと言う事をイメージしてみると、自然と対処する方法が分かってくると思います。

貧乏神が乗り移るぞ

どこに行っても自分本位の考えを、威嚇(いかく)しながら無理押ししてくる人がおります。不思議と必ずいるのです。私の場合は「この人って背中に貧乏神を背負っている」的な目で見てしまいますが、もしカチンと来て言い返したり、論議したり、言い合いになったとすれば、それこそ、その人に居着いている貧乏神が「っお、こっちも良いね」っとか言いながら乗り移ってしまいます。

もし「相手の態度に翻弄(ほんろう)されているなぁ」そのような自分のしぐさに気ずいたら、それは自分を知る良いチャンスです。今までの理由などから、貧乏神が乗り売って来るので、間違っても相手にしてはいけないのです。それよりも

カガミの法則
という言葉があります

カガミの法則

自分の姿がそのまま、カガミに反射して跳ね返って来ているという人生の法則です。つまり、その人と同じ態度を自分も誰かにしているという事なのです。「そんなことはないょ」っと自信を持ってはいるものの、自分で気が付かないだけなのではないでしょうか。

しかし、これはゆるぎない人生の法則なのです。翻弄(ほんろう)してくる相手だって自分では気がついていないのです。自分よりも明らかに弱い立場にある人、言い返す事の出来ない立場にある、例えば子供とか女性とかに対して、無意識に言っていないでしょうか。

気がついていないだけでは

イメージすれば何かが変わる

そんな事は見当たらないと思っていても、最近不運ばかり起こる・何だかチグハグな毎日・やけに威嚇して来る人が目立つ・思うようにいかないっと感じていたとしたら、ちょっと立ち止まって、振り返ってみるのも良いかと思います。

そのような反省態度をするだけで、福の神が「っん」っとか言って振り向いてくれるのです。こんなイメージをうっすらで良いので描きながら癖をつけていれば、明らかに今までとは違う何かが変わってきます

何か分からないけど、なぜか周りの人達や状況などに今まで違った、ふんわりした変化が起こってきます。そして徐々にではありますが、このブログの本意が理解できてくると思います。

貧乏神ょあっちに行け
っお、福の神が見てるぞ
よーし良い感じ
コレを癖付ける

人の振りみて我が振り直せ

自分に対しての試練だと考え、自分を一度リセットして見直してみる。間違っても相手に翻弄(ほんろう)されてはいけないと言う事です。幸運が逃げて行くだけです。自分に焦点を合わして、静かに交わす事です。

福の神が居座っている

しつこいようですが、もう一度書きます。福の神が居付いている限りは、貧乏神は絶対に近ずいてきません。せっかく仲良くなれた福の神に嫌われないように、毎日を楽しく暮らして行くというイメージです。

悪運が振り向かずに、幸運だけが引き寄ってきていると思えば、今まで、嫌だと思っていた苦労や、苦手な人達もだって「それもありか」ぐらいで良いのでは。つまり嫌な事や苦手な人は必ずいるという前提で暮らして行く。そうすると、他人や周りの状況などには振り回されなくなり、自分自身に焦点が合い自分の考えがまとまって来る。その為にも嫌な事や苦手な人は必要なのかなと言う感じがしてきます。

私の周りには
福の神が居座っているのです

他人や周りの事よりも、自分に焦点を合わして暮らして行くと面白くなってきます。ひょっとしたら、福の神と一緒にいると、嫌な事でも楽しめるような器が出来上がってくるのかなという感じもします。

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