鏡を見れば運が開ける

自分が見えないのは自分だけ

大型スーパー銭湯に行ったときのことです、ゆっくりと湯舟につかった後に、椅子に座って一休みしていると、誰かに見られているようなイヤな気配を感じました。ふっと頭をあげると、大鏡に自分の姿が写っているではありませんか、一瞬びっくりしました。何だかイヤに沈み込んでいて、すごく暗い顔をしていたことを覚えています。

あれー、オレって
こんなに怖い顔をしてたのか

自分で自分の醜い姿に一瞬ガックリ、まさにガマガエルの心境でした。「このような人には近ずきたくないなー」っと感じることしかりです。自分では、うまく前向きに考えていたつもりなのに、無意識に怖い顔をしていたのです。無意識だからコワイです。

自分の欠点に気がつく

よくいう鏡の法則なのですが思い出しました。知ってはおりましたが、まさにそのままで鏡の法則です。私の解釈では鏡の法則とは自分のしているしぐさが鏡に反射されて、ハネ返ってきて誰かが同じしぐさをしてくるという法則です。鏡の向こう側にいる自分の姿を、第三者的な目で眺めているという感じに、しばらくはフリーズしてしまいました。

ここで気がついたことがあります。鏡の向こう側にいる自分を変えようと、直接「笑顔になれょ」と、いくら言ってもできないのですが、見ている自分が笑顔になれば、カガミの向こうにいる自分を簡単に笑顔に変えることができるのです。

欠点を改める

これはイカンです。すぐにダラリとした目じりを上げ、口元をキリリと引き締めて、あごをグっと引き、無理やりに、やわらかい穏やかな顔をしてみました。じーー、ぎこちないけど、なんだかいい雰囲気になってきたじゃありませんか。

うーーむっオレって、なかなかいい男じゃあないか。先ほどとはえらい違いで、笑顔をつくれば、イキイキしてきます。周りには誰もいないので、思いっきりニヤつきキリリしました。

ほーっやっぱり
キリリとした顔の方がいいな

うーーむ、だんだんといい感じになってくるではありませんか。困った顔をしていたら「困ったさん」がやってくるし、キリリとしてたら「キリリさん」がやってくる。何度も鏡を見ていてこんな感じがしてきました。

まわりには誰もいないので、しばらくはニヤニヤが続いております。今までは分かっていただけで器の中に入っていなかったのですね。鏡の法則とはこういうことだったのかです。こんなことを思いながら、もう一度ゆっくりと鏡の中の自分の顔を見ました。

「じーーーっ」
「よし、いいだろう」

自己納得に思わずニヤリ。すごく心がシャキーっとしてきたことを覚えています。

鏡の法則

さあ、ここでひとつの学びがありました。鏡を見れば運が開けるというタイトルですが、自分のやったことが巡りまわって跳ね返ってやってくる。自分のやったことが巡りまわって何十倍にも膨れ上がって跳ね返ってくる。気がつかないでいると、自分をコントロールしているもう一人の自分もそっぽを向いてしまいます。

更に、いつまでも気がつかないでゴリ押し行動を繰り返していると、周りの環境や自分を支えてくれている人達、さらには無意識に働いてくれている、自分の内臓や器官や神経などからもソッポを向かれてしまいます。限度を過ぎると総スカンを食らってしまい最悪の場合「もういいや」っで停止してしまうのです。

考えてみれば
ものずごく怖い鏡の法則です

自分のした事がハネ返ってくる

自分と同じ欠点を他人がしてくると、気にいらないものです。自分がしていないことを他人がしてきても、気にならないのです。さらに嫌な行為をしてくる人は、相手が嫌がっていることに気がついていないのです。それと同じように、自分が嫌なことをしていることに気がついていないのです。まずはこの理屈を分かるべきなのです。この大鏡に写った自分の姿を見たときに、ハタっと気がついたことを覚えています。

分かっている事と
自分の物のなっている事は
まったく違います

もし自分が、何も考えずにボヤーっとして生きていたら鏡を見て「っまあ、いいか」「そんなものか」っで、そのままやり過ごしていたのかと思います。

分かることよりも感じること

問題は鏡に映っている
沈み込んだ自分の姿を見て

あっこれはいけないなー
っと、感じたことなのです

このような人には近ずきたくないなー
っと思ったことなのです

すぐに改めてみたことなのです
そして、すぐにキリリとしたことです

その結果シャキーっとした
自分になったということなのです

分かっていることから
理解できたということなのです

理解できてみれてば、自分の器に入ったという感じに、余裕ができたのか器が広がったきた感じです。それからは人と接するときには、この鏡に反映されているということを意識するようにしています。

人の振り見て我が振りなおせ

そこで少し考えてみました。人が意味もなく嫌な態度をしてきたら、自分も同じことを誰かにしているのかな、自分は沈み込んでいるのかな、怖い顔をしているのかなーとか思ってみる。自分の欠点を知るいい方法ではないかと考えました。

誰かが自分に嫌な行為をしてきたときに、ちょっと周りを見渡してみて下さい。すると周りの人達は誰も気にしていない現実に気がつきます。つまり周りの状況はまったく変わらないのに嫌だと感じている自分がいるというだけのことなのです。自分も同じ行為をしているという理屈を分かるべなのです。気がついて私と同じように鏡を見てみると人生が変わってきます。

タイトルどおりの鏡を見れば運が開けるです。今までとは違う景色になってくるはずです。周りの人達も自分を受け入れて来るようになってくるのです。

そして嫌なことをしてきても、今度からは気にならないばかりか、早くこの理屈にきがつけばいいのにという器になって余裕が生まれてくるのです。自分が気がつかないことを分からしてくれる。自分の欠点を教えてくれているのですから、批判よりも感謝です。

まさに鏡の法則です

自分の欠点に気がつくには

もっと言いかえれば、自分の欠点に気がつく為には、気にいらない人は必要な存在だということです。その人と仲良くするかしないかは別問題として、私の場合は自分の欠点が分かったので、改める行動を意識して過ごしております。

嫌な人達も自分を成長させるためには、必要な存在なのだと思うようになってからは、同じ景色を見ても明るく感じ、ググっと楽になってきました。何があっても動じることなく、今度は自分のどんな欠点を教えてくれるのかな。

気にいらない人
いらっしゃーいです

自分の欠点をその人が
教えてくれているのです

自分の欠点に気がつく為には
絶対に必要な存在なのです

自分の物にする為には

そして数日後、10人ぐらいの人と話をしたときのことです。その部屋には大鏡があるので、反射的に見てしまいました。

意識行動から無意識行動に

やはりというか目じりに元気がなく、少しふんぞり返りぎみで横柄(おうへい)な感じを受けました。こんな態度で、いつも雑談していたのかと恥ずかしさも受けましたが、本日の場合は人には分からない程度の一瞬でしたので、意識してすぐに表情を変えたり、態度を改めてみました。うーーむ、やっぱりいい感じです。

このように何かあるごとに、鏡の法則を意識しております。そして、だんだんと鏡を見なくても「いま、こわばった顔をしてるかな」っが分かるようになり、いつの間にか、自然な表情になっているようです。自分の欠点は分らないものですね。それを治すには、分かってから実践して、自分の物にするのは時間がかりますです。

無意識行動に変えていく
その為の意識行動

その為の気ずきです

つまり
意識行動から無意識行動
です

異変は欠点を知らせるサイン

最近うまくいかないな、ギクシャクするな、周りの人達が避けてるような、そんな感じがしたら鏡に映しだされている自分の素顔を、第三者的な視線でマジマジと眺めてみるといいのかもしれません。このような人にはどんな態度をとるべきかな。近ずきたくなるのか避けたくなるのかなど考えながら、しばらく眺めてみると、どうすればいいのかが自然と分かってくるはずです。はじめは意識しているものの、そのうちに私のように無意識に分かるようになってくるのです。

周りの人や状況に
異変を感じたら

自分に欠点や欠陥がある
というサイン

それと、やはり
意識行動から無意識行
です

そして雑談する時などはいかに正しいかより、いかに楽しいかを意識。そしてキリリを心がけると、その場がなごみます。同じ話すなら、楽しまなくちゃです。そうすると人生、不思議と楽しいことばかりが起こってくるのです。コレほんとです。

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