貧乏はいやだ

贅沢病もいやだ

私ですが、いたって健康元気ですし、女房も健在で分かれもせず、子供二人にも恵まれ親の放任主義にかかわらずグレもせず、無事独立、小さいながらも一戸立てのマイホームもローンが終わり。とりあえず女房と二人きりの、楽しい毎日であります。ただ貧乏であります。この貧乏を除けば不満はありません。

でも最近は
この貧乏な事に感謝しております

以前テレビで放映していたドキュメント番組で「20年ぶりに、今までまったく動かなかった下半身が奇跡的に治った」というのが、目に入ったことがありました。何となく見ていると、長く支えてくれた、愛する女房との間に子供まで恵まれて、幸せに暮らしていたのだが、歩けるようになったがゆえの、いつの間にか毎日のバー通いで、すべてを失ってしまい、悲惨な生活を送るハメになったという内容だったと思います。あれから数年たって、何故か最近になって、このドキュメントが妙に頭の中をよぎってくるのです。

私の場合も、今まで、裕福でお金がたくさん入っていれば、このテレビと同じように自分勝手な、贅沢三昧の振る舞いから女房子供をおろそかにして、何らかの贅沢病にかかっていたかも知れないです。それは今までに何度か良い時期があった時にも、入ってきたお金を考えもなく使っていたような気がして、そのまま続いていたら、このドキュメントのように、贅沢病にかかって身体もめげて、今とは程遠いい、悲惨なる人生を送っていたような感じがします。いやいや、そのような兆候が何度かあったので間違いなくなっていたです。これは妙に自信をもって言い切れますです。

貧乏に感謝

だから、なんとなくですが、そのようにならないようにと神様が「今、あなたにお金を与えるに、ふさわしくない」と判断して、わざと貧乏にして自重するようにと、自分に試練を与えてくれているような感じがして、しかたありません。

わぉーっ貧乏に感謝であリます

考えてみればあくせくと働いて、何が何やら分からないなりに月日ばかりが、あっという間に流れてしまう毎日ですが、ちゃんと目が見えて、喋れて、聞こえて、好きな所へ歩いて行くことも、すべて自由にできます。当たり前のことが、あたりまえに出来る幸せに、感謝を感じております。

でもでも「そんなとことはない、お金が入ってきても、ちゃんとできるょ」とか思ってはみても、身体がそうなっていないのだろうと、自分でも分かります。本当にそのようになってきたら「よし、そろそろ与えてあげようか」とか言って、幸運の神様が手を差し伸べるのだと感じます。

だから「貧乏に感謝」はマジで思います。そして、自分の考えをしっかり持って、何があっても動じない、納得のいくハッピーライフを送れるように、ならないといけないなぁです。そうして受け入れる準備が出来たら、自然とお金の方から近ずいてきて、すべてに余裕のある生活も出来るような気がします。

現在の世の中、大型台風や異常気象などの天地異変に始まり、人間関係、悲惨な事故、無意味な挑発、事故や事件など、ともすれば自分を失いかけないという雰囲気が、周りに渦巻いております。自分を見失わないために、いまある不幸を逆療法で、感謝してみる事も良いような気がします。そのような状態で裕福になってくれば、悲惨な生活を送る事もなく、普通に幸せに暮らしていけると思うのですが。

そして私の場合いま自分にしなければいけない事は、お金や幸運などが引き寄ってくる、からだつくり、心つくりだと思って毎日を過ごしております。

貧乏を受け入れる

そのような事を感じてから自分で心がけている事があります

「すべての人、物、事柄に感謝」

さりげなく書いてはみましたが、簡単にみえても、実行するとなると、すごく難しいです。すべての人と言っても、いつも自分に対して意地悪してくる人や、虫の好かない人等にも感謝するなんて、ちょっとできないですよね。でも、自分の生き方に信念を持つためには、そのような気の合わない人の存在も必要なのかなと思います。

すべての物などと言っても、身に付けている下着、洋服、ボールペン、携帯など、あたりまえだと思っているものに対して改めて感謝するのも妙に変な気がするものです。すべての事柄の感謝ですが、たとえばケガをしたり、病気になったりしても、感謝するのですかっと、つっ込まれそうです。でも、よくよく考えてみれば、ケガも病気も本当に動けなくなる前に、小さな事柄で警告として起こってきているのです。自分に免疫をつけていく為には、絶対に必要なことなのです。

「このままでは本当にダメになりますょ」

と言って小さなサインを送ってきているはずです。とりあえず、悪くないので、っとか言って、小さなサインを見逃していると、段々と悪化してくるという事です。借金でいきずまるのも同じことで、自分の目の前に小さなサインが起こっている事に気が付かないでいると、段々と勢いがついてくるというものです。

「ありがとうございます」
「すみません」
という言葉を口にだして言う

当然頭を下げる事になり、最初は、ちょっと抵抗感が、ありましたが、少しずつできる所から始めてみました

「あれー、この雰囲気はなんなんだろー」
一週間ぐらいすると何かが変ってきました

心に余裕のような物がうまれ、普段、見慣れている周りの景色さえ違ってきました。今まで意地悪して来た人や気にいらない人に対しても、逆に「早く気が付いてね」と、いわゆる心が広くなっていくようです。、自然にスルーできるような感じで、慣れてくると違和感なくできるようになり、今までとは違う空気が自分を取り巻いて来たりして、アレコレと気にしたり悩んでいた事が、まったのく無意味であることに気が付いてきましたです。

「ありがとうございます」
という感謝の気持ちと
「すみません」
という謙虚な気持ちです

今を幸せだと感謝する事から、未来の幸せにつながってくる
幸せの神様が近ずいて来ている、貧乏だけど明るい未来を感じております

気にいらない人は絶対に必要

幸運で心がけていることがあります

幸運は追いかけるのではなく、引き寄せる事を考えます。悪運からは逃げるのではなく、追いかける事を考えます。追いかけると、何故か逃げていくのです。世の中には何もしていないようで運の良い人や、トントンと成功している人がおりますが、このことを無意識にしているように思います。悪運が振り向かずに幸運が引き寄ってきているというイメージです。

幸運を引き寄せる言葉
すべての人・物・事柄に感謝

悪運が好む言葉
イヤミ、グチ、悪口、不平不満

もしも、ある人が自分に対して、カチンとする言葉、態度、しぐさなどしてきたら、自分もそれと同じ事を誰かにしているという事なのです。よくカガミがみの法則という言います。自分のやったことが巡りめぐっって、カガミのように反射してハネ帰ってくるのです。自分の欠点は分からないものです。知らず知らずのうちに無意識に言っていたりします。自分が気が付かないのと同じように、その人だって気が付いていないのです。その分かるキッカケが、じつわ自分の気にいらない人や、苦手な人にあります。自分を知る良いチャンスなのです。

  1. この記事へのコメントはありません。