思い通りに過ごしたい

ますます落ち込む暮らし

一生懸命に過ごしてきても、暮らしは一向によくならないし、それどころか、ますます落ち込むばかり。まわりには、のほほーんとしていても、しっかり収入のある人や、幸せに暮らしている人がたくさんおります。

第三者の目で自分を眺める

やっていることは私のほうが数倍しているのに、何が違うのだろう。一生懸命働いて苦労しているし、周りの人達にも迷惑かけないように、充分なくらい気を配っている。なのに「何だろう」っと思いながらも、ぼんやりと過ごす毎日。私の場合ですが、あるときに第三者的な目で自分を眺めているような感じを受けたことがあります。

第三者って、だれ?

うっすらとですが気がついた
この第三者って

ひょっとして
自分自信のこと
ではないのかな

つまり
もう一人の自分です

その
もう一人の自分とは

本来なるべき
自分の姿ではないのか

もうひとりの自分

今こうして立ち止まっている自分の姿が見えるということは、将来うまくいっている自分がいるのでは。そのためにうまくいっている、もう一人の自分からの目線で見ている。そしてメッセージとして伝えている。

何なんだと思いつつも過ごしているとあるとき突然に、第三者の目で見ているぞっと、感じてくるのだと思います。そうしてうまくいっている自分になりきってみると、冷静に自分を見るようになってきました。

そして少しずつ今までの自分の歩み・考え方を思い出し疑問をもつようになってきました。すると違う考え方に変わっていくようになってきました。

視点を変える

うっすらから確信に変わって視点が変わってくると、将来なっているはずの、もう一人の自分が「あなたのいく道は、こちらですょ。そんな所でモタモタしていないで早くきなさいよ」と、たまりかねて言ってるのです。マジで、そのように考え始めてみると、いろいろな場面での見かたが違ってきました。当然ですが行動も変わってきました。

ふっと気がつくと、不思議なことにつき合っている人達が、いつの間にか入れ変わっていたのです。今までは自分の進んでいく道とは接点がなく、ただ周りの空気に流されていただけだと感じ始めたのです。

もう一人の自分を前に向ける

今のレベルで進んでしまう

そのように過ごしていた日々。自分なりに気がついてきたことがあります。普段は意識していないけどもう一人の自分は、今の自分レベルで容赦なく進んでいきます。自分がどのように考えて行動しようとしてももう一人の自分が今の自分レベルでソッポを向いていたら、絶対に前には進めないのです。つまり今の自分のレベルでしか進むことができないのです。

人間には
すべての行動に対して
ブレーキかかってくる
という習性があります

今のレベルを上げる

気がつかないままに、今の自分のレベルまで下げようとブレーキがかかっているのです。自分の思いが無視されて分からないまま行動しているのです。この無意識行動をしているもう一人の自分に気がつかないでいると何だか思うようにならないという日々が続いてしまうのです。

つまり
もう一人の自分のレベルから
脱出して

レベルを上げてやればいいだけ
なのですが・・・

もう一人の自分に従う

無意識に動く?
夢遊病みたい?
しかも偉大なんて?
よく分からない?

たとえば、人間はときとして、自分では信じられないような行動をしてしまうことがあります。切羽詰まったときなどには思いもかけない行動を起こしてしまいます。

挫折は素晴らしいチャンス

後でよくあんなことができたなぁと思うのは、素晴らしい能力を持ったもう一人の自分が「これではいけない」っと危険を察して対処せざるを得ないのです。危険なめにあったときは考えているヒマなどないのでもう一人の自分が自分の身を守るための行動にブレーキをはずして暴走しているのです。

いわゆる
火事場の馬鹿力
です
もう一人の自分は
それほど偉大なのです

つまり、普段はもう一人の自分を自分で閉じ込めているだけなのです。そうしないと疲れてしまうからです。だから困難になったときは、逆に「もう一人の自分」の能力を発揮させる絶好のチャンスなのです。分かりやすくいうと、挫折にあったときに、この火事場の馬鹿力を発揮してる回数が多いいほど、うまくいっている人や成功者が多いいのです。

挫折が多いいことは
素晴らしいチャンスなのです

このように良いようにも悪いようにも働いているブレーキですが、必要に応じて制御したり暴走したりと使い分けてみたいと思いませんか。

もう一人の自分をコントロール

それほど偉大な「もう一人の自分」の存在に気がついてから、この「もう一人の自分」を前に向いてもらうようにコントロールするように意識した考え方に変わってきました。

困ったときやうまくいかないなっと思っているときに、今の時期から逃れようと努力して苦労して一生懸命に頑張るよりも、この「もう一人の自分」を自分と同じ方向、つまり後を向いている「もう一人の自分」を前に向いてもらうように、考えた方が得策のような感じがしてきたのです。

ここで、ちょっと欲が出てきます。火事場の馬鹿力を自分の意志で発揮するこのとはできないのか。「もう一人の自分」の本気の力や能力を、自由にコントロールできないのか。もしできるとすれば素晴らしいです。

火事場の馬鹿力を利用

火事場の馬鹿力を
いつも全力投球できれば
超スーパースターになれます

しかし「火事場の馬鹿力」を常に発揮していると、身体はボロボロになってしまいます。それを防ぐためにもう一人の自分が制御しているのです。

しかし
瞬間的に引き出す方法
はあるのです

スポーツ選手が大きい声を出したり、顔を両手で叩いたり、活を入れているシーンをよく見ますが、その瞬間だけ最大に力が発揮できるようにしているのです。全力ダッシュ行動で走っていれば、すぐに息切れがしてしまいますが、ここぞという行動を起こす前に、大きな声を出したりして「よし」と自分に言い聞かせているのです。

一瞬、活を入れる
のも一つの方法です

変わっていく自分が面白い

この理屈が分かってから、毎日を暮らしていると視野が変わってきました。最終的な目標を達成した自分の姿が、目の前に現れて胸をトキメかされたり、自分の目がキリリと開き、自分の成長に生かすオーラが渦巻いているのが分かるのです。周りの人達の接し方も明らかに変わってきた感じがしております。

もう一人の自分からメッセージ

ある時「もう一人の自分」からのメッセージが届きます。それはヒラメキだったり、お尻の方がムズムズして、何か動かないといられない衝動になったりします。夜中でも急に掃除してみたり、メール等もきたらすぐに返信したり、意味もなく小高い丘に車を走らせたり「ヒラメキ即行動」を基本的に、なぜか無意識に行動しておりますです。北海道に行ってみるかと感じれば、ぶらりと行ってみるかもしれません。

何度も書き込みますが、これがもう一人の自分が動いている。つまりもう一人の自分に従っているという感じです。一見無意味に思える辛い行動ももう一人の自分が動いて、私はその上に乗っているだけなので、まったく違和感なく辛いと感じることもありません。

自分は上に乗っているだけ

もうこれはクセになりましたです。そして何かあったときに、瞬間的に判断できるようになってきたように思います。なぜ瞬間的なのか。それはもう一人の自分が判断して、ヒラメキで教えてくれているからです。

そむくともう一人の自分が「わしゃー知らん」っとか言って、はぶててしまってはいけないからです。これは嬉しかったです。これはクセどころか快感です。

私には
良いことしか起こらない
ようなのです
えーい やってしまえー

っで、うまくいかなかっても、そこから何かを得ることがてきます。「でも、」っとか言っていたらもう一人の自分にそむくことになります。変わっていく自分が面白くなり、何が分からない毎日でしたが、この理屈が分かってからは、イメージした自分がそこにいる感じで、不安などは全く無くて心強い毎日です。

偉大なるもう一人の自分が
自分と同じ方向に向いてる

自分にとって一番良い方法を
教えてくれているのです

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