ありがとうは幸運を呼ぶ魔法の言葉

言霊(ことだま)という言葉があります。自分の言った言葉には魂が宿っているということでしょうか。誰かに何かしてもらったときに、素直にありがとうを言っていると、良いことばかり起こってくるようです。ありがとうは感謝の言葉であり、感謝を素直に受け入れることによって、素直にまた何かしたくなるものです。さらにありがとうを口癖にしていると、そのありがとうという言葉に、感謝の気持ちが染みついてくるのです。同じありがとうと言うにしても、感謝の気持ちが相手に伝わっていくのです。 「ありがとうございます」は幸運の神様が大好きな言葉です。幸運が味方をしてくれると、なぜか周りの人達が味方をして助けてくれるのです。なんだかあまり苦労をしなくても、うまくいくような気がします。もし、なぜかうまくいかないなと感じたら

魔法の言葉
ありがとうです

ガツガツと不平不満を言うよりも、いつもニコニコありがとうです。そして一番大切なことがあります。それは自分自身に感謝です。しいては人間だけではないのです・・・

ありがとうは感謝の言葉

ありがとうございますという言葉を、実際に口に出して言うと、必ず良いことが起こります。さらにはありがとうと言うクセをつけていくと、不思議なことに周りの人達がいろいろなカタチで助けてくれるのです。なぜかまわりの景色も明るく変わってくるし、心が広くなってくるような感じがします。・・・そこで、

私が毎日の生活していく中で
心がけていることがあります

すべての人・物・事柄に感謝です

すべての人に感謝

すべての人といっても、いつも自分に対して意地悪してくる人や、虫の好かない人にも感謝するなんて、ちょっとできないですよね。しかし自分が成長していくためには、そのような気の合わない人の存在は絶対に必要なのです。その人達と共存していかねばならない現実を、コントロールするための生き方に、信念を持つようになるためには、むしろ必要な人達だと考えます。周りの人達が自分の気にいった人ばかりだと、改めるという気持ちが起こらないので、いつまでも子供のときのわがまま思考のままで、まったく進歩していかないのです。

そして一番大切なことは
自分自身に感謝です
自分自身にありがとうです

私が今書き込んている、この文章を考えている脳や神経などにもありがとうの感謝です。私たちが眠っている間にも、いつも自分のために働いてくれている心臓・呼吸・肝臓・胃・腸などにも、もちろんありがとうの感謝です。

少し落ち着いたときや、朝起きたとき、そして寝る前などに、ちゃんと機能していることを意識して今日も私のためにありがとうの感謝です。気持ちのこもったありがとうを言っていると、周りの人達や自分自身も、喜んで働いてくれるというものです。

すべての物に感謝

すべての物などと言っても、身につけている下着・洋服・ボールペン・携帯など、あたりまえだと思っているものに対して、改めて感謝するのも妙に変な気がするものです。しかし考えてみれば今着ている下着・洋服や靴・財布などは誰かが作ってくれているのです。お金さえ出せばすぐ手に入るので、あまり意識はしていないのですが、すべて自分で用立てするにはすごく不便なのです。自分の作った洋服を、誰かが身に着けていたりすると嬉しいものです。さらに「すごく着心地いいょ」っとか言われると嬉しいものなのです。

よくテレビのニュースで、悪いことをして捕まった人が連行されるシーンがありますが、その時に着ている服やズボン・靴などは誰かの世話になっているのにとか思って、虚しくなってしまいます。

すべての事柄に感謝

たとえば怪我をしたり、病気になったりしても、感謝するのですかっと、つっ込まれそうです。しかし、ここでもよくよく考えてみれば、怪我も病気も本当に動けなくなる前に、小さな事柄で警告として起こってきているのです。自分に免疫をつけていく為には、軽い程度の怪我や病気は絶対に必要なことなのです。

大病になる前には必ず兆候があります。このままでは本当にダメになりますょっと、小さなサインを送ってきているのです。とりあえず悪くないのでっとか言いいながら、ほったらかしでいると、段々と悪化してくるということです。借金でいきずまるのも同じ理屈で、自分の目の前に小さなサインがあることに気がつかないでいると、段々と勢いがついてくるというものです。

意に反している人を受け入れる

幸運で心がけていることがあります

幸運は追いかけるのではなく、引き寄せることを考えます。悪運からは逃げるのではなく、追いかけることを考えます。追いかけると、何故か逃げていくのです。引き寄せることを考えれば自然にありがとうが口にでるのです。世の中には何もしていないようで運の良い人や、トントンと成功している人がおりますが、このことを無意識にしているように思います。悪運が振り向かずに幸運が引き寄ってきているというイメージです。

幸運を引き寄せるには
すべての人・物・事柄に感謝

悪運を引き寄せるには
イヤミ、グチ、悪口、不平不満

鏡の法則

もしも、ある人が自分に対して、カチンとする言葉、態度、しぐさなどしてきたら、自分もそれと同じことを誰かにしているということなのです。鏡の法則という言葉があります。自分のやったことが巡りめぐって、鏡のように反射してハネ返ってくるのです。自分の欠点は分からないものです。知らず知らずのうちに無意識に言ってたり、やっていたりしているのです。自分が気がつかないのと同じように、その人だって気がついていないのです。その分かるキッカケが、自分の気にいらない人や、苦手な人にあるということなのです。「人の振りみて・・・でしょうか」広い目で見れば、そのような人達は自分を知る絶好のチャンスなのです。

そして、もちろん
ありがとうです

目からウロコの安堵感

っとか、なんとなく思いを書いてはみましたが、簡単にみえても理解するとなるとかなり難しいです。そのうえ実行となるとかなり高いハードルです。今までの「思い込み」というメンタルブロックが根づいているからです。相手が気にいらないと思っていると、無意識に感情部分が態度や言葉の節々にでているものです。まだ私が若かりし頃に、相手に「嫌だな」という感情が伝わっているなと、意識し始めたころのことです。そこで試してみたことがあります。

気にいらない人を
気にいるようにしてみる

嫌な奴と笑顔で話すってか
ホントにできるのかな

でも、やってみたいな

もし嫌な人が嫌でなくなれば
これは素晴らしいぞ

そういえば

大嫌いな人でも
周りの人は笑ってるし
これは何かあるはずだ

よし試してみようかです

うーーむ

あいつ自慢ばかりしているが
周りの人たちが意味もなく笑ってるぞ
なぜなの、ホワイ?

自分勝手なのに
周りがなごやかだ

一度にはいかないですが、試しているうちに、徐々に慣れてくるものです。あるときに、いつも人をバカにしたような言い方で、嫌だった奴と、いやいや人と話しをしていて、何でもない自慢話から「今日は良いこと聞いちゃったよ、ありがとう」っと、言いますと「そんなに喜んでくれたら嬉しいね」っとか言いながら、笑顔で話しをしてきたときには「アレーっ」とか思い、この安堵感は何なんだと感じたりして、このときに目からウロコとやらが落ち、周りの景色がパーっと明るくなったことを覚えております。

(詳しいことは「嫌いな人との接し方」に書き込んでいます)

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幸運と仲良くする

それから数年たった、ある日のことです。道端にゴミやタバコの吸い殻などが散乱していたことがありました。しかも不注意とかではなく、故意にしている感じで、皆さんもよくこんな光景に出会うことがあると思います。ムカつきますか、それとも・・・その時のわたくしですが、何のためらいもなく、ごく普通にかたずけておりました。そんなに時間はかからないです。運動がてらですが、すごくきれいになって、スッキリした気持ちの自分がココにいるという感じ。「しかし、このゴミを散らかした人って、大丈夫かいな」っと心配してしまいましたです。

さて、ここで問題です

感情の部分は無視して
現実のみを見てみます

道端にゴミが散乱していました
故意に散乱した人がいます
その人を憎む人がいます
きれいにした人がいます

この中で
一番得をした人は誰でしょうか
一番損をした人は誰でしょうか

一番得をした人は、もちろんきれいにした人です。無意識に幸運の神様に、好かれる行動をしていたからです。ゴミを散らかした人は、幸運に嫌われる行動をしているのです。 うまくいくか、いかないは、幸運の神様に好かれるか、嫌われるかだけのことなのです。幸運の神様を味方にすると、あまり努力しなくてもうまくいくのです。逆に幸運を敵にしてしまうと、何をやってもうまくいきません。なので努力しても報われない日々が、延々と続いていくのです。

先ほど「このゴミを散らかした人って、大丈夫なのかな」っと心配したのは、そういう意味です。完全に幸運の神様に嫌われています。そして、どっぷりと貧乏神を背負っている感じです。何をやっても、絶対にうまくいくはずがありません。自分のした行為と同じことが、何十倍にもなって、自分に降りかかってくるからです。うーーむ、きれいになったのをながめながら、こんなことをイメージしてしまいました。何故かこころがひろくなった感じに、思わずニッコリマークでした。本日もまたひとつ、かしこくなりました。
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