人生は山あり谷あり・落とし穴あり

人生は山あり谷あり・落とし穴あり

♪人生楽ありゃ苦もあるさ
♪くじけりゃ誰かが先に行く
♪あとから来たのに追い越され
♪泣くのが嫌ならさあ歩け
(ブログの内容に合わして歌詞を入れ替えております)

ご存じ水戸黄門の「ああ人生に涙あり」の歌詞です。人生街道という長い道のりには山あり谷ありとよくいわれております。そうです山があれば必ず谷があるのです。上りがあれば必ず下りがあります。そして広かったり狭かったり、大きな山・小さな山や大きな谷・小さな谷などがあります。山と谷があって、登ったり下ったり・下ったり登ったりして・・・ふーっ

とかく
人生とは疲れるものなのです

でも
歩いていかなければなりません

人生にはなぜ落とし穴があるの

山に登っていると、その後ろ側には必ず谷があります。その谷には草で隠れて見えない落とし穴があります。しかし登っているので向こう側は見えません。ましては落とし穴なんて草で隠れていて、まったく見えないのです。その落とし穴は大きかったり小さかったり、または浅かったり深かったりしています。

調子がいいからといって油断して足元を見ないでいると深い落とし穴に落ちたりします。予期せぬ深い穴だったりするとパニックになり、抜け出るのに時間がかかったり最悪抜け出ることができなくなってしまいます。

落として試されている

落とし穴に落ちても逆風に強くなっていく人と、すぐにくじけてしまう人がおりますが、その違いはどこにあるのでしょうか。人生とは疲れるものだと冒頭に書き込んでおりますが、本来は落とし穴は必要なものだと悟るべきなのです。

行ったことがない未知の世界は何が待っているのか、一度落ちてみないと分からないものです。っというよりも落ちることによって気がついてくるのです。小さな穴に落ちて這い上がってくるうちに、少しづつ這い上がるのが上手になってきます。穴のある場所なども落ちた経験から分かってきます。神様がわざと小さな落とし穴を作って「さあ、どうするのかね」っと試しているのです。

このように考えながら過ごしていると無意識に慎重になってきます。調子が良ければ良いときほど、それに比例して深い落とし穴であることに気がくるので、より慎重になってきます。だからといって怖がっていると前に進むことができません。何度も落ちることにより一番軽く済むようにと予期しながら、慎重に登っていくことが分かってくるのです

必要な落とし穴

落とし穴に落ちるのは仕方がないっというより、必要があるから落とし穴があるので、むしろ歓迎するべきなのです。「さあ、今度はどんなことで試されるのかな」「っお、きたきた今度も、また試されているのかな」。若いときは毎日が失敗したときの対処の仕方の免疫をつけていくことのへの繰り返しであります。

免疫がつきまくっていると「ああ、またかいな」っで怒る・悩む・考え込む・迷う・気にする・困るなんてことはなくなってしまいます。この頭文字をとって「いなかまきこ」(たなかまきこではありません)なのですが、わたしは数年前からモットーにしております。おかげで免疫だらけの自分には、後悔するなんてことはまったく無駄なことだと思っております。

今度はどのような
困ったことかいな

困ったさんいらっしゃい
です

慎重に慎重に
ちょっと待てょー
これでいいのかなー
です

落とし穴を意識する

落とし穴から余裕で這い上がれると今度はまた登る山が見えてきます。期間の長い短いはありますが人生この繰り返しではないでしょうか。一見困ったように思える落とし穴ではありますが、成長するには必要なことなのです。

落とし穴がある
っいう前提で
人生過ごしていく

この理屈を理解することによって一度落ちることによって登ることの楽しさが倍増。人生が楽に思い通りに過ごしやすくなってくるというものです。

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