悪運は追いかけるもの

一ヶ月先の支払いをする人

一か月間の余裕がある

ずいぶんと昔になりますが高校を卒業したころのことです。私の同級生で車のローンを一ヶ月先の支払いをしている人がおりました。もし支払いを忘れていても「一か月間の余裕があるから」という理由なのですが、このような考え方の人は、うっかりでも忘れることはないと思うのですが。自分の中に余裕がある人生を送っている感じがしておりました。

一か月間前に残してる

逆にローンの支払いを一ヶ月前、二ヶ月前の支払いを、遅れがちにしている人もおりました。同じ金額を支払っているのに、内容がまったく違うことに気がつきます。

支払いを受け止めているか
追いかけているとの違い
です

今しなければいけないことを
今しているか先送りしているか
です

幸運を呼び込むための余裕

「支払いを追いかけている」のは、追いかけている訳ですから、取り残されてしまいそうな状況がイメージできます。まるで、いい情報を乗せている幸せ車が、走り去って逃げている、その後から必死で追いかけている。そんな状況が思い浮かびます。

目先のハエを追うよりも、早め早めに行動していれば、こころに余裕もできて、いいことが引き寄ってきたときに、すぐにとり入れることができるという感じがします。

追いかけると逃げて行く

どうも人生には逃げていくものには、追いかけてみたくなるという性質があるようです。人間はとっさのできごとに対して、何故か身構えてしまいます。追いかけてくると自分を守ろうとして、無意識に逃げる準備をするのかもしれません。逃げていては追いかけてくるぞ。そこから、逃げていると加速して追いかけてくる、繰り返していると段々とひどくなって追いかけてきます。たとえば・・・

なぜか彼女ができない人

好きな女性に
貴女が好きですょ
と追いかければ
彼女としてみれば
逃げたくなります

大好きな彼女が告白してきたら

さらに、大好きな彼女から告白されたとしても「っお、ラッキー」なんて、その気丸出しで、喜んで近づいていったりすると、彼女としては100年の恋なんていっぺんに冷めてしまいす。

ホワイ?なぜなの?今まで好意を持って、夢みてイメージしていた感じと、追いかけてくるという、一種のストーカー的な感じを受け、急変な現実とのギャップに、「こんなハズでは」と、何となく別人みたいに感じてしまうのでは。

追いかけると逃げたくなる
っという心理が芽生えるのです

告白された絶好のチャンスも、軽々しく追いかけたりすると、相手は逃げたくなるという心理が働くということです。追いかるという行為はあきらかに損です。

逃げると追いかけたくなる

サルはどんな人を襲うのか

「追いかけると逃げて行く」それでは「逃げると追いかけたくなる」という理屈になる訳ですが、このことを裏付けるような実験を放送していたことを思い出しました。

見た目では襲わない

日光のサル軍団が観光客を襲うのは、どんな人なのかという大変面白い実験です。まずは野生のサルに首輪をつけ鎖でクイにつなぎます。そして、襲うのはおそらく弱い人間だと思って、女性がバナナを持ってサルに近ずいていきます。やはり襲ってきます。しかし男性には襲ってこないのです。じゃあ、女性ばかり襲って男性は襲わないのかな。そこで今度は男性が女性の服装をして、サルに近ずきますが襲ってこないのです。逆に女性が男性の服装をして近ずきますが襲ってくるのです。どうも見た目ではないようです。

襲う前に威嚇(いかく)する

なんだろーっで、VTRを何度も見ていると、サルはいきなりは襲ってはこないのです。しばらくは、バナナの前を行ったりきたりウロウロしながら、相手の様子を伺っているのです。更に観察していると、ちょっと襲う振りをするのです。こいつは襲っても大丈夫なのか、反撃してはこないかなと伺いを立ててるのです。つまり威嚇(いかく)です。バナナを奪う前に威嚇をしていることが分かりました。そこで少しでもひるんだりすると、「っん、こいつはいけるぞ」と判断して襲ってくるのです。

サルは逃げる人を追いかける

そこで今度は男性が近寄って、威嚇してきたときに、わざと後ずさりしてみます。そうすると襲ってくるのです。今度は女性が近寄って、威嚇してきたときに、後ずさりしなようにすると襲ってこないのです。つまり・・・

逃げる人を追いかけるのです

サルも人間も人生も
本質的には変わらないのです

人生だって悪いことからは、後ずさりしないで追いかけてみる方が、うまくいくということなのです。悪いこと・困った問題に対してはサルだと思って「何だおまえは、くるな」っで、追い払うイメージで決して後ずさりせずに、堂々と立ち向かうのです。振り返ってみるに人生すべてに、この後ずさりしないという理屈が当てはまるように思います。

悪運は追いかけるもの

ともすれば、何か問題が起きた時に、ついつい楽な方法を選びがちですが楽な方法を考えていると解決方法が身につかないものです。

最悪の他力本願

私が、かつて多重債務の相談を受けたときに、私のアドバイスに対して「えーっ私がするんですか」「でも、自分にはできそうもないなー」っとか当たり前みたいに言ってる人かおりました。「そんなことよりも、もっと簡単な方法はないの」的な態度で、口にはださないけど眉間に、しわを寄せたりして「誰か変わりにしてょ」「こんな問題も解決できないの」「おなたって、たいしたことないね」という、まるで私に丸投げで解決してくれて、自分は動こうとしない、極端に悪い見本のような人でした。このように他力本願でいたりすると、あまり本気になれないです。

福の神が逃げていく

このときに感じたことがあります。福の神だって同じ考えだと思い、当然スタコラと去ってしまいます。そして貧乏神が近寄ってくるイメージが浮かびましたです。水戸さんではないので、どこにも印籠などはありません。他力本願では、いつまでたっても、同じことの繰り返しになるということなのです。何か問題が起きたときに、ついつい楽な方法を選びがちですが、楽な方法を考えていると、幸運の神様からも本気になれないと逃げていきます。解決方法が身につかないものですから、同じことの繰り返しなるのです。

貧乏神は追い払う

問題が起きたときには、逃げるのではなくて、辛いのですが追いかけていくのです。問題が起きたときには、しつこく追いかけていくのです。「なんだお前は」とか言いながら、その悪い問題に向かって、立ち向かっていくイメージです。「二度とくるな」と、逃げていくまで、しつこく、しつこく、しつこく追いかけます。そうすると、不思議です。その苦しい悪運とやらが、こそこそと逃げていくのです。一度逃げてしまえば、そのコツが分かりますので、段々と簡単に追い払えるようになってきます。自分で解決していく考えかたをしていると、どうしても一番辛い道を歩くことになるのです。

福の神が近づいてくる

そのような行動をして、悪運、つまり「貧乏神」とやらが逃げていくと、今度はニコニコしながら「幸せの神様」が近ずいてくるのです。きっと貧乏神と仲良くしている人には、近ずきたくなかったので無視していたのでしょう。そして「幸せの神様」と仲良く暮らしていると貧乏神は絶対にこないのです。このようなイメージで過ごして行けば、どんな状態に対してでも、難なく対処ができるというものです。つまりいいことしか起こらなくなってきます。

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