食事は味わうもの楽しむもの!必要な食べ物を教えてくれます

人を良くする事と
書いて
食事と読みます

いったいどのように良くなるのだろうとか思っておりましたが、あるときマンネリ化している食事を逆にしてみました。ごはんをおかずにしておかずを主食にしてみたのです。そうすると新鮮な感じで、胃がもたれないし楽なのです。

それからは「私のために休まずに働いているからださんよろしくね」と、自分のからだとお話をしながら、ゆっくりと味わいながら食事をするようになりました。おなかを満たすことよりも、必要な栄養素を与えてやるというイメージです。自分のからだを大切にして食事をしていると、喜んで答えてくれるのです。不足した栄養分が欲しくなり、満ち足りた栄養素は欲しくなくなるのです。

栄養のことなどを考えなくても
欲しい欲しくないのサイン
必要な食べ物を
知らせてくれるのです

食べ過ぎや栄養が偏ったりしても
「もういけませんょ」と
違和感・異変などのサイン
知らせてくれるのです

満たすより味を楽しむ

おなかを満たそうとすると、どうしても食べ過ぎてしまいます。好きな食べ物だと栄養の偏りに気がつかないで過ごしてしまいます。よくないことだと分かっていても、すぐに悪くなるわけではないので、「っま、いいか」っで、いつの間にか習慣になってしまうのです。 食事とか飲み物など口に入れる物は、自分の身体を維持するために、必要な栄養を補給しているわけです。

食事を味わいながらしていろと、からだも負担がなくて必要なものは美味しく感じます。つまり維持していく栄養素が足らなくなれば、その栄養を含んでいる食べ物を食べなさいと、欲しい・美味しいというサインを送ってくるのです。 「お肉が食べたい」「野菜が食べたい」と強く感じたときには、その食べ物に含まれている栄養が不足しているわけですから、素直にいただいた方がいいのです。しかし好きな食べ物は常に欲しいので、素直にいただいていたのでは、習慣になってしまいよくないことだと分かります。

欲しい食べ物と必要な食べ物を
一致させるための
楽しむ食事・味わう食事です

必要な栄養を補給する

いつの頃からか、食事するときはオカズを主食にして、ゴハンは少しずつ食べているようにしています。以前は食事は、お腹を満たすものだと思っていましたが満たすより楽しむを意識するようになりました。おかずの味を楽しみながら、ゴハンはハシの先にチョコっと置く感じでゴハンが余りそうですが、全然残らないから不思議です。たしかにお腹が充実して、こころが優雅になった気分です。

ときどき今までの習慣からガツガツしていることもありますが「っあ、そうかー」っとか気がついて「まてょ今世界中の食糧が不足して、やっとありつけた食事だとしよう。

これで食事ができる
感謝を込めて
いただきます
です

「白いマンマとピーマン炒め」「こんなに美味しいものが食べれるのか」女房の前で、解説じみたことをつぶやきながら少しオーバー気味に、楽しむを意識しておりますので、少しずつガツガツの間隔は狭まってきております。

グルメのコメンテーターのように

まるでテレビのグルメ番組のコメンテーターの真似をして「このほうれん草の味付けには、ちょっとした工夫が」「わざと味を薄めにしてピーマンの苦みを引き立てるいるのです」っとか言いながら、ゆっくりとオーバー気味に、味わうように噛みます。「目の前にテレビカメラがあって全国放送しております」を勝手にイメージしながら、ゆっくりと味わった後に感想など言ったりします。女房がはじめは笑っておりましたが、そのうち何を言っても動じることなし型無視になってきました。

コレで良いのです

免疫をつける為に理屈づけてみる

依存ということがあります。特に甘い物などは不足から欲しくなるのではなく、美味しいから食べてしまいます。ダラダラ食していたらいつの間にか依存症になってしまいます。その揚げ句に栄養の偏りから体に障害が起こってきます。自分の好物は食べ過ぎを意識してみた方がいいいのです。

たとえば、ほうれん草は、鉄分、ビタミンCなどが豊富なので、健康維持には最適な野菜として誰もが知っています。しかし、食べ過ぎたりすると体に悪影響を及ぼしてしまいます。そのときに美味しくないと感じて「やめておこうかな」っと思えばいいのですが、栄養のバランスよりほうれん草は体にいいのだという思い込みが勝ってしまうと、美味しいと勘違いしてしまうのです。その栄養分を補助する為の食品など、バランスよく正しく必要な栄養素を受け入れる、という気持ちで食事することが望ましいと思うのですが。

欲しい食べ物と必要な食べ物を
一致させるための
楽しむ食事・味わう食事です

添加物を意識する

添加物を異常なほど敏感に反応して、インスタント食品などは食べない人をみかけます。現在はどんな食品でも添加物を含んでおります。気にするのはいいのですが、添加物に対しての免疫をつけておかなければいけないと思うのです。現在の環境にマッチしなくなるからです。たとえば江戸時代の人がタイムスリップして、現在の世にきたなら、添加物に対しての免疫が全く無いので、すぐに不治の病にかかってしまいます。

私はあまり間食はしないのですが、チョコレートなんか無性に欲しくなるときがあります。「体に必要なものは欲しくなる」という理屈を持っいるので、欲しいときは食べるようにしております。しかし、ひとつだけ気をつれている事があります。いろいろな添加物を含んでいるので一種類だけにします。添加物それ単品では害がない許容範囲で、別に問題はないと思いますが、いろいろ混ざると良くないと、勝手に理論付けております。

缶コーヒーを飲む時は、パン、スナック類は食べないです。パン食べるときはお茶にします。コーラーを飲むときはスナック類はやめます。心配性なので違う添加物を混ぜて口に入れたくないのです。時代の流れで添加物に対しても、免疫をつけていかなければいけないので、あまり神経質になっていませんが、過ぎないように気をつける程度です。

ある日缶コーヒーを飲むときに、テーブルの上にスナック菓子が置いてありました。あんまり美味しそうだったので食べてしまいましたが、案の定舌の根元あたりがはれぼったいような違和感を感じ、吐く息も添加物臭いんです。うっかりすることもありますが「からださんごめんね」っで、自分の理論を思い出して改めております。

二種類以上の添加物は混ぜない

いろいろと理屈っぽく書き込んでおりますが、このように理屈を考えながら生活している私の場合本当に体が必要なときだけ欲しくなっているようです。人参、ピーマンなど、すごく美味しく感じることがあります。ピーマンの油炒めなど、バリバリとむさぼることもしょっちゅうあります。すでに栄養が満ちているときは、にがくてまったく受けつけないという、ダメ警告がかかってしまいます。すごく疲れた時は、甘い物が欲しくなって食べますが、これ以上はいけない時は、脳から「もうダメですょ」っと強烈な警告サインを送ってきます。

口内炎とか口唇ヘルペスなどの症状で、舌あたりに違和感がありまったく食べられなくなります。若い頃はなんだろうと思い、病院に行って検査しておりましたがすべて異常なしです。明らかに異常に思える他の病気でも、すべてに異常がないのです。「明らかに異常なので、どこか悪い所を見つけてょ」っと、心の中で訴えてはみますが、あっけらかん顔で異常なしの説明で終わってしまいます。

口の周りなどに
もう口に入れるな
というサインが表れます

すべての細菌からの免疫をつける為に、何かと理屈つけて自分で処理しております。めったに病院に行かない人生に、細菌に対しての免疫ができあがっている感じがしております。病院で検査して異常がないことが、分かったことが治療だと考えています

欲しい食べ物と必要な食べ物を
一致させるための
楽しむ食事・味わう食事です

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