チャンスを捉える | 目の前にある、チャンスをものにするには

チャンスってどこにあるの

一年ぐらい前(平成30年)から、街にあるフォーク喫茶に出向いて、弾き語り凝っております。そのフォーク喫茶で、ある有名な広島出身のシンガーソングライターの話になり、盛り上がったことがありました。そのシンガーソングライターが初めてラジオ番組でギターを弾いたときには、全く弦に手が当たらないぐらいに緊張したというのです。聞いた話なので本当かどうかは定かではありませんが「なんだ今の自分ではないか」と思いながらも、少しホっとしたような憶えがあります。

チャンスをつかむキッカケ

楽器店の前には、必ずといっていいほどギターが飾ってあります。そのシンガーソングライターがギターを始めたキッカケというのが、広島の本通りを歩いていて、偶然にも店頭に飾ってあるギターが目に入って、思わず立ち止まったそうです。それがキッカケになって、今ではだれでも知っている草分け的な存在にまでなったというのです。

つまり、ギターがソコにあったということが、そのシンガーソングライターにとって最大のチャンスだったのです。思わず立ち止まったということが、チャンスに乗る為の最初の行為であり、そこからギター人生が始まったのだと思います。

チャンスは目の前に

しかし、考えてみるのに、本通りといえば広島のど真ん中にある繁華街です。そのギターの前を、たくさんの人が通り過ぎているのです。ギターが上手な人、ギターが好きな人、ギターを弾きたいなっと思っている人。たくさんの人達が通り過ぎているはずなのに、なぜそのシンガーソングライターだけが、チャンスをものにできたのかです。

うーーむ、ひょっとしてチャンスとは、何でもない身近にあるのではないか、すぐソコにあるのに気がつかないだけなのかなと感じました。目の前にあるチャンスをチャンスと捕らえるには、身近にある何でもないことに気がつくことなのでは。フォーク喫茶で広島出身のシンガーソングライターの話で盛り上がった時、私はこのようなことを感じたのであります。

チャンスはいつくるのか

チャンスに気がつく

シンガーソングライターが、店頭に飾ってあるギターが目に入ったときに思わず立ち止まった。この文面を見て何かを感じませんか。それは誰でもこのような経験はあるはずなのです。

たとえば街をブラついている時に、何かを見て胸がときめくことってありませんか。映画を見たあとに、その人に成り切って胸を張って歩いてみたり、感動シーンにドキドキしてみたり、コンサートやイベントなんかで、妙に憧れたり、「やってみたい」「できればあのようになってみたいな」っと、すごく憧れたり。そんなことってありますよね、ひょっとして、これがチャンスというものでは、ないのかなっと思いますです。

チャンスをものにするには

そこで、そこで、ですょ。いいですかー。何かにときめいたときが、チャンスだということなのです。そして自分もあのようになりたいなーっと思ったら、それは、もう大チャンスなのではないでしょうか。

その理由は、やってみたいなーっと思ったり、感じたりするということは自分にはそれができる能力があるということなのです。能力があるから感動したり、ときめいたりするのです。なければ、やってみたいなーっとは思わないのです。できるからこそ自分の中で「やろうやろう」と騒いでいるのです。「あなたはできるのだからやってみなさい」と感動・ときめき・憧れというカタチで自分にサインを送っているのです。

っん、チヤンスってか

シンガーソングライターが、一瞬のチャンスを物にできたのは、ギターに魅力を感じた時点で、無意識にのめり込んでしまった感じです。言い換えればやってみなさいというサインを素直に受け止めただけだと思います。だから目標ができた時点で火事場の馬鹿力が発揮、無意識に目標を目指していただけのような感じがしてなりません。

何かに感動したり、ときめいたりしたときは、考える必要などありません。考える時間が長いほど行動が鈍くなります。今すぐに、やってみるべきです。明日からやりますはダメです。今スグにです。

そして、更に「っん、ひょっとしたらできるのかな」と、ちょっと立ち止まって考えてみる必要もあります。っん、チヤンスってかっです。

今すぐと言ったり
ちょっと考えろと言ったり
いったいどっちやねん

人生すべて二面性

うまくチャンスに乗るためには
どちらも必要なのです

チャンスと感じたことが、悪質商法など思わぬ落とし穴だったりするからです。感動ではなく、まったく根拠のない心おどるような話に、心がときめいたとき、すぐにできそうなので、ついのってしまいがちなのです。

本当のチャンスがきた場合でも、いきなりスグは行動を変えることなので、さすがに違和感があると思います。最初の一歩を踏み出すには膨大なチカラを必要とするからです。その第一歩を踏み出す考え方として、街を歩いたり、身近な所で、このように感じて感動やトキメイたら「うわーっ良かった」「面白かった」で終わるよりも

自分にはできる能力がある
と確信することそして

っまぁ、ちょっとやってみるか
これを意識してみます

素晴らしい助っ人

安心してください、チャンスをものにできる素晴らしい助っ人が目の前にいるのです。しかも魔法のランプの魔人のように、膨大なチカラを持ちながら主人が願ってくるのを待っているのです。ランプをこすると現れる魔人とは・・・

それは
もう一人の自分です

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自分の中で眠っているもう一人の自分を意識してみます。今感じている自分と同じように、もう一人の自分を前の方向へ向けるように考えて実際に行動してみます。とりあえずギターを買う・触ってみる・コンサートに行ってみるなどです。

考えることは料金も必要ないのですが、価値は充分にあると思います。そのように胸がときめいたときに、考えるクセをつけることがチャンスが来たときに、すぐに乗ることができるための下準備だと考えます。

そのような習慣を、身につけることによって、無意識に自分の中で、チャンスに乗る準備が着々とできあがってくるという理屈です。そして、自分の中で居座っている、偉大なるもう一人の自分が、ある時に改良しまくった結果をヒラメキという形で、サインを送ってくるのです。いわゆる、これがチャンスがきたときにすぐ乗れる。つまりチャンスを物にできる方法なのです。

一つ注意があります

先ほど書き込みましたチャンスと感じたことが、悪質商法など思わぬ落とし穴だったりすることもあります。チャンスに乗る準備もしないで「よし、ときめいたぞやってやれー」っで、うわべだけで実行してもうまくいかないのです。

自分の中に受け入れる器を作って準備ができてから初めて、本当のチャンスがきたときにだけ、乗ることができるのです。チャンスがきたときにすぐ乗るべきか、そのサインは一瞬なので、その為の立ち止まりです。しつこいようですが無意識にすーっと乗るためには、日ごろから準備をしていくという考え方なのです。

そのような準備をしないで、いきなりチャンスと決め込んでしまう。ヘタに自信をもっている人が一番危ないという内容ですが、そのことも含めていいことをヒラメキとしてとらえるには・・・別記事にしておりますので、よかったら参考にしてみて下さい。

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