言葉使いが悪い

相手に心地よい説明

パソコンの操作方法が分らないので、カスタマーサービスへ問い合わせてみました。私の場合、同じ質問をしなくてもいいように、ビデオカメラに録画保存しております。そして後で再生して、聞いてみるのですが、なんとナント自分の言葉遣いが、あまりにも良くないのに驚きました。

普段は、まったく気が付かなかったけど。っというよりも、何となく良くないなーって事は感じてはおりましたが、こうして収録したテーブを見てみると、ここまで悪かったとは、自分の言葉使いの欠点が実によく分りました。

それに引き換え、電話対応の受け応えがすごく感じが良い。ひとつづつ操作をする度に、確認の意味を込めて「ありがとうございます」という言葉が返ってきます。私のズッケンどうな言い方に対しても、親切丁寧に、アドバイスしていただき無事に解決しましたが、録画している自分の言葉使いを聞いてみるに、何だか恥ずかしくなりました。自分は営業もやっておりますのでコレ参考になりました。

相手が納得できる対応

某ホテルに着き、結婚式のビデオ撮影です。このホテルは、ずいぶんと久しぶりで、スタッフもかなり入れ替わっておりました。キャプテンと副キャプテンどちらも初対面てす。さて、進行が進むごとに、その両方の行動に、すごく自然で好感の持てる接客態度でした。

「一階に、お客さんがいないか確認してきます」
「式場を見てきますので、席を外します」

など、目の前から離れる場合は両人に必ず説明しておりました。丁寧な進行説明はもちろん、何気ない物の持ち運び、自分がその場を逃げる場合などの説明など、

「それは、持ってていいんじゃない」
「それ、ダメダメ」

流れの中で、友達言葉などの言い方などもあっても違和感など、まったくありませんでした。そして、エレベーターに乗り込んだ時です。先にホテルの支配人が乗っておりました。行先のボタンを押そうにも、私は両手がふさがっていたのです。それを察してか「行き先は何階ですか」と尋ねられました。

「あっすみません5階です」
プチ
「有難うございました」

親切に代わりにボタンを押していただきましたです。そして次の階での事です。こんどは、キャプテンが乗ってこられました。やはり私と同じように両手がふさがっているのです。支配人が同じ事をたずねました。

すると、そのキャプテンいわく
「あっ恐れ入ります。8階ですがお願いしてもよろしいでしょうか」っと、こうです。

この「お願いしても、よろしいでしょうか」には、さすがで、思わず「うーむ」とうなずきました。先ほどの、私の言葉遣いとは、エライ違いです。支配人も自分の意思でボタンを押したという感じがして、これは良いなーです。

もちろん、その道のプロなので当たり前のことなのですが、すごく自然な感じで、「あれなら苦情はこないだろうなぁ」と思って見ておりました。披露宴の終了までも常に同じ態度の素晴らしい対応に、思わず見入ってしまいましたです。そんなこんなで、この時ぐらいから言葉使いが、すごく気になり意識し始めてきました。

言葉遣いを治す方法

そこで理屈好きな私なので、これを機会に少し考えてみました

言葉使いの良い悪いで、自分の評価が大きく違ってきているように思います。たとえ失敗した時も、言い方ひとつで、好感を持ってくれれば、軽く受け流してくれるようになります。いろいろと便利だし、良い情報なども入ってきやすくなるというものです。あの電話の対応のように、うまくまでとはいかなくても、何とか普通に違和感なくしゃべりたいです。

私の場合ですが
「ハイ私〇〇と申します」
「申し訳ございません」
「お願いしても、よろしいでしょうか」
「少々お待ち頂いても、よろしいでしょうか」
「恐れ入りますが」
「かしこまりました」
などの言葉が、どうしても言うことが出来ませんでした。

でも聞いているとすごく感じが良いのに、何故言えないのかです。良い事とは分かっているのですが、どうしても口ごもってしまうのです。でも、何とか治したいっと思って、自分なりに考えてみたら「習うというより慣れろですか」そんな諺がありましたですょね。言葉使いとは、無意識に出てくるものだから、習うことよりも、そのような雰囲気を自分の中に作り上げることを、まずは考えてみました。

その方法は、いきなり、うまくしゃべろうと意識しないで、常にそのように喋りたいと、意識していくことだと思います。先ほどのキャプテンの言い方の中にヒントがありました。自分の言いたい事だけではなく、まずは相手の立場って対応すること。そして相手を認める事をクセつけた方が良いと感じました。なので、あまり難しく考えないで常に「そのように成れれば良いなー」ということだけを、意識しながら生活して行きましたです。そうすると「そのように成りたい」という免疫が自分の中に芽生えて来るのだしょうか、

まず、何気ない会話などでも、感じの良い言い方など今までは何も感じなかったのですが、「っあ、これ良いな」と感じてきました。今までとは、明らかな変化です。そうして後日、同じような場面に出会ったら、意識しながらその人のマネをして、喋ってみるように務めました。でもなかなか言えませんでした。そして何で言えないのかなーっとか思いながら、今度こそ言うように努めていると、ある時にふっと言ってたりします。なんとか口ごもりながらも言ってみると、今までとは違った感触がありましたです。

最初はかなり違和感ありました。多分ぎこちなかった喋りだったと思いますが、以前に自分が良いなと感じたように、相手だって、ぎこちのない中でも、きっと良い印象を持ってくれたと思います。そして、このことを繰り返していると、ひょいと無意識に言ってたりしたことがあります「アレレ、今ひょっとして言ったんじゃない」です。いつの間にか違和感もなくなり、自然体になっていることに気が付いてきました。

何となく、言おう言おうとしていると「言おうという免疫」が付いてくるのがひしひしと感じましたです。そうすると、不思議です。その相手が、ごく自然に自分の思うように動いてしまうのです。今までのようにズッケンドウな言い方では、思うようには動いてくれなかったのにです。喋りが大の苦手な私ですが、このように「言葉使い」というやつを、意識し始めたのであります。まだまだ立派な受けごたえは試行錯誤中ですが、少なくても相手を認めるような喋り方になってきているなぁ、と感じております。

私も50過ぎてから大人になったのかな

相手が思うように動いてくれる

言えなかったことが無意識に言ってたりしたので「アレなんでかな、おかしいな言えるじゃん」とか思ったりします。つまり、言えないときは、言えないのではなくて、言おうとしない事なのでは。その他の事でも、やらないのは、やらないのではなくて、やろうとしないだけなのでは。

もっと大きな意味では、常に相手の事をヒーロー化してみます。どんな人にでも、必ず良い面と悪い面があります。この良い面だけをみて悪い面は無視するのです。悪い所を見るのではなくて、良いトコを少しオーバーぎみにヒーロー化してみるのです。あいつならあのドラマの主人公になれるぞ。と勝手に思っていれば、すべての人に感謝の気持ちが起こります。

何か問題があった時は、まず自分から疑ってみます。そうすると自然に謙虚になってきます。大切なのはうわべだけでなく、相手に分かりやすくを一番に考えることが大切だと思います。それを念願においての対応を心がけ「感じの良いしゃべり方」を常に意識していることによって、相手にとっての感じの良いしゃべり方が自然と身についてきます。

相手が自ら動くけるようになってくれるので気持ちが良いし、自分も気持ち良いです。それからは感じの悪い言葉使いなどからは「うわ、イヤだな」とか思い、こんな人からは、無表情で、涼しい顔で、反射的にスルリとかわしております。せっかく見につきかけているのに「イヤだな免疫」が乗り移ってしまうからです。

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