ケガ・事故・体のサイン

痛みや不調は偶然ではなく、体からの重要なメッセージ。ケガや事故をきっかけに、無理の積み重ねや生活習慣を見直し、根本から整える視点を持つ。

不幸中の幸いに感謝|怪我からの復活と奇跡的な回復の記録

不幸中の幸いに感謝|怪我からの復活と奇跡的な回復の記録

怪我からの復活
で気づいた
不幸中の幸い

70歳を過ぎた現在、これまでの人生を振り返ってみると、私は人よりも怪我の多いい人生を歩んできたように思います。
「3歳の交通事故」
「池で溺れかけた経験」
「頭部の強打」
「感電」
「屋根からの転落」
「左足の骨折」
「脳梗塞による入院」
など、一歩間違えば命やその後の生活に、大きな影響を残していた出来事が何度もあります。

怪我をしたこと自体が幸運だったわけではありません。
痛みや不安、長い入院生活に苦しんだ経験もありました。

それでも、そのたびに致命的な結果を免れ、回復し、
現在も自分の足で歩き、好きなことをしながら生活できています。

これこそが、私にとっての「不幸中の幸い」だと感じております。

怪我に遭うと、
どうして自分ばかりがこんな目に遭うのかと、不運を嘆きたくなることもあります。

しかし、失ったものだけではなく、
残されているものに目を向けると、出来事の受け止め方は少しずつ変わってきます。
命があること
自由に動けること
人と話せること
自分で生活できること
普段は当たり前に感じている一つひとつが、本当はとてもありがたいことなのです。

この記事では、幼少期から高齢期までの怪我や病気の記録を振り返りながら、
怪我から復活できた理由、人生を前向きに立て直す考え方、そして生きていることへの感謝についてお伝えします。

過去の怪我は消せません。しかし、その経験を、
不運のままで終わらせるのか、
人生を見直す教訓に変えるのか、
それは、これからの自分次第なのです。

私の怪我・病気歴

私がこれまで経験してきた怪我や病気の中には、
一歩間違えば、その後の人生が大きく変わっていたかもしれないものがいくつもあります。

ところが不思議なことに、致命的な結果には至らず、そのたびに回復してきました。

それでも現在、自分の足で歩き、好きなことをしながら生活できていることを考えると、
私は何度も「不幸中の幸い」に助けられてきたのだと思います。

ここでは、幼い頃から現在までの怪我や病気を、記憶をたどりながら振り返ってみます。

【幼少期から小学生時代】

3歳|バイク事故
橋の上でサイドカー付きのバイクにはねられ、鼻の下を数針縫いました。
幼かったため詳しい状況は覚えていませんが、これが私の記憶に残る怪我の多い事故人生の始まりでした。

5歳|鼻血が止まらなくなる
原因は分かりませんでしたが、洗面器を用意しなければならないほど大量の鼻血が出ました。
幼い子どもにとっては、血が止まらないだけでも大きな恐怖だったと思います

5歳|池で溺れかける
池に入ろうとしたところ、急に水深が深くなっていたのてす。
慌てて陸へ戻ろうとしても、足元が泥のようになっていて、
まるでアリ地獄のように、体が深い方へ引き込まれていきます。
つま先を立てながら必死にもがいていると、一瞬体の重心が陸側へふわりと戻りました。
子供心に、「今しかない」と感じたのか、その瞬間に手で思いっきりオールのように水をかき分け、
足場を取り戻し、奇跡的に池から脱出できたのです。
あと少し体が深い方へ傾いていたら、どうなっていたか分かりません。
いま考えても、ぞっとするような不思議な体験でした。

小学2年生|左腕を脱臼
運動会の日、朝礼台から落ちて左手を地面につき、関節が外れました。脱臼です。
左手の甲が左肩にくっつくほど180度曲がり、見るだけでも恐ろしくなる状態でした。
先生が脇に足を突っ込んで、脱臼した手を思いっきり引っ張って、元の位置にに戻すのです。
少しづつ、づれてくるので、毎日この治療の繰り返しです。
治療中は強い痛みが続きますが、痛いなんてものじゃありません、地獄の毎日でした。
先生の話では『元の位置には戻らないでしょう、「くの字」になったままになるかも 』ということでした。
途中でシーソーから落ちたのにも関わらず。現在では奇跡的にまっすぐに完治しております。
これには先生も親も私もビックリで、私の怪我歴の中でも、特に強運を感じた出来事の一つです。
【続きの記事で詳しく説明】

小学4年生|左手の薬指を挟む
教室の掃除中、机と椅子の間に左手の薬指を強く挟みました。
爪は白色と紫色に変色し、指は通常の3倍ほどに腫れ上がりました。
治療では爪を抜き、付け根の部分を消毒して、毎日ガーゼを交換しました。
傷口に張りついたガーゼを取るときの痛みは、今でも覚えています。
苦痛の続く治療でしたが、時間をかけて回復しました。

【中学・高校時代】

中学生|出っ歯を自分で直そうとする
これは怪我ではありませんが、出っ歯を自分で直そうとしたことがあります。
机の角に前歯を押しつけ、少しずつ歯を動かそうとしていました。
しかし、歯の根元が歯茎を突き破りそうに感じたため、怖くなって途中でやめました。
今ではあまり目立たなくなりましたが、
今考えれば、かなり危険なことをしていたように思います。

中学生|手にできた魚の目を自分で治す
これも事故ではないのですが自力で治しました。
両手に魚の目のようなものがたくさんでき、見た目にもかなり目立っていました。
風呂上りに、少し熱めの湯に手をつけているとふやけてきます。
ふやけて柔らかいところを、爪切りで血が出るギリギリまで切っていきます。
そして、コロスキンを塗ります。
次の日からは、固くなったコロスキンを剥がす前に、少し熱めの湯に手をつけます。
ふやけてきたら、その固まったコロスキンを勢いよく剥ぎ取り、
残った柔らかい周りを同じようにギりギりまで切っていきます。
毎日この繰り返しです。
「少しなくなったかな」と思っても、完全になくなるまで2~3ヶ月ぐらい続けたように思います。
半世紀以上たった現在では、どこにあったのか分からないほどきれいになっています。

高校2年生|頭を強打して意識を失う
バスから降りるときに転落し、バス停のコンクリートに頭を強く打ちつけました。
一時は意識を失い、目を覚ました後も、自分がどこにいるのか分からない状態だったそうです。
付き添ってくれていた仲間に向かって、「あなたは誰ですか」と尋ねていたのです。
そんな状態にもかかわらず、大きな後遺症が残らなかったことは、本当に不幸中の幸いでした。

高校時代|顔にじんましんが出る
秋になると、顔にじんましんが出るようになりました。
この症状は2~3年ほど続き、当時は薬による治療を受けました。

高校3年生|蓄膿症の手術
高校3年生のとき、蓄膿症の手術を受けました。
当時の手術は現在とは方法が違い、私の記憶では大量の麻酔を使い、器具で副鼻腔の周辺を削るような治療でした。
手術後は片側の顔が、目が開けられないほどパンパンに腫れました。

よく怪我をする人は幸運に恵まれている!怪我からの復活に必要とされている幸運に感謝

【青年期(20〜30代)】

20歳|急性アルコール中毒
ウイスキーをストレートでグラス三分の一ほど一気に飲みました。
何ともなかったため、西部劇のように格好をつけて、立て続けに3杯ほど飲んでしまったのです。
そのあとコトンで丸一日意識不明です。ウィスキーって後からくるのですね。
若さゆえの無謀な行動でしたが、大事に至らなかったことは幸運だったと思います。

22歳|複数の薬を一度に飲み、体に異変が起きる
胃腸薬、正露丸、健康飲料を一度に摂取したところ、熱中症に似た体調不良が起こりました。
視界が、まるで牛乳瓶の底から景色を見ているようにゆがみ、強い不安とパニックを感じました。
一度は元に戻りましたが、数日後に再び同じような症状が現れます。
その後、症状が現れる間隔は次第に変化し、最終的には治まりました。
病名や原因は分かりませんでしたが、薬や飲料を安易に一緒に摂取してはいけないと学んだ出来事です。

24歳|テレビの修理中に感電
自分でテレビを修理していたとき、ブラウン管の裏側に手が触れ、高い電圧に感電しました。
体に大きな衝撃が走り、しばらく動揺したことを覚えています。
専門知識のないまま電気製品を分解する危険性を、身をもって知りました。

28歳|海水浴でひどい日焼け
このころ念願の彼女が出来て喜んで海水浴に行くも、全く日傘などの対策をしなかったので、
念願の彼女ができ、喜んで海水浴へ行きました。
しかし、日傘や日焼け止めなどの対策をまったくしていなかったため、火傷に近いほどの日焼けをしてしまいました。
楽しい思い出になるはずが、体中の痛みに苦しむ結果となりました。

36歳|蓄膿症の再手術
歯の痛みが続いたため歯科医院を受診しましたが、なかなか原因が分かりませんでした。
その状態が2年ほど続いた後、別の歯科医院を訪ねると、以前手術した蓄膿症の影響ではないかと指摘されました。
大学病院を紹介されて検査した結果、原因は歯ではなく、
口腔に近い部分にあることが分かり、再び手術を受けました。
原因が分からないまま長く痛みに耐えましたが、適切な医療機関へつながったことで治療を受けられました

【壮年期(40〜50代)】

45歳|屋根から落ちて左足を骨折
仕事中に屋根から落ち、左足を骨折しました。
落下した左足がコードレールの上の上に落ち、テコの原理が働いたことで、骨が縦方向に長く折れてしまったのです。
入院期間は約6か月に及びました。
大きな事故でしたが、頭部には傷がなく、命に関わる状態にはなりませんでした。
長い入院生活は大変でしたが、再び歩けるようになったことを考えると、これも不幸中の幸いだったと思います。

46歳|くぎを踏み抜く
解体作業中、窓から飛び降りた際、板から突き出ていたくぎを勢いよく踏み抜きました。
くぎが深く刺さり、簡単には抜けません。
強い痛みよりも、「痛くない故の、この後どうなるのだろう」という不安の方が大きく、冷や汗が流れました。

49歳|屋根仕事中に熱中症
屋根の上で作業をしていたとき、初めて熱中症になりました。
屋根の上は照り返しが強く、地上で感じる以上に体温が上がります。
その後も何度か熱中症に近い状態を経験し、暑い時期の水分補給や休憩の重要性を痛感しました。

51歳|いぼ痔の手術
30年近く、いぼ痔が出るたびに手で押し戻して、その場をしのいでいました。
しかし、ついに限界が来ました。元へ戻らなくなり、自分ではどうにもできない状態になりました。
消防署に電話をして受診できる病院を教えてもらい、そこで応急処置を受けました。
担当した先生も苦労しながら元へ戻してくださり、その後、専門医を受診して手術を受けることになりました。
長年ごまかしてきた症状も、いつか限界が来ることを思い知らされた出来事です。

52歳|車のドアに指を挟む
右手の人差し指を車のドアに挟みました。
しかも、ドアが完全に閉まるほど強く挟んでしまったのです。
骨折などが心配されましたが、治療を受け、小さなギプスをつけて生活しました。

53歳|雪で滑って尾てい骨を強打
雪の積もったトタン屋根で足を滑らせ、後ろ向きに落下しました。
すぐ下には斜めになった石段があり、滑るように落ちながら尾てい骨を強く打ちつけました。

53歳|脚立から石の上へ落下
さ約2メートルの脚立から、石の上へ落ちました。
顔を強く打ち、前歯3本が破損しました。
落ちた場所や体の向きが少し違っていたら、さらに大きな怪我になっていた可能性があります。
【続きの記事で詳しく説明】

53歳|痔ろうの手術
2年前にいぼ痔の手術を受けた後も違和感が残っていたため、再び病院を受診しました。
検査の結果、今度は痔ろうであることが分かり、手術を受けることになりました。
脚立から落ちた怪我の治療と重なり、人生で初めて二つの病院へ同時に通う生活となりました。

不幸中の幸いに感謝!怪我からの復活と奇跡的な回復の記録

【高齢期(60代〜70代)】

65歳|奥歯が真っ二つに割れる
私は幼い頃から歯ぎしりがひどく、寝ている間にも強い力がかかっていたようです。
あるとき奥歯が真っ二つに割れてしまい、抜歯することになりました。

69歳|暗闇で転倒し、顔を強打
夜中にトイレから事務所へ戻る途中、暗闇の中で転倒しました。
そのまま机の角に歯茎を強くぶつけました。
かなりの衝撃でしたが、ぶつけた場所は鼻や歯ではなく歯茎でした。
歯の破損や顔面の骨折など、大きな怪我にならなかったことは幸運でした。
【続きの記事で詳しく説明】

72歳|血圧計に不規則脈波が表示される
家庭用の血圧計に、「不規則脈波」の表示が頻繁に出るようになりました。
自分で脈を確認してみても、時々リズムが飛んでいるように感じます。
病院で心電図検査を受けたところ、その場では異常が確認されませんでした。
その後、24時間心電図を三日間装着して検査すると、時々脈が飛んでいることが分かりました。
臓や肺などには大きな異常が見つからず、食べ過ぎによる気泡が、心拍のクッションになっていたようです。
医師からは、生活習慣や食事について指導を受けました。

73歳|脳梗塞で2週間入院
私は以前から、年に一度ほどMRI検査を受け、脳の状態を確認していました。
検査では小さな脳梗塞の痕跡が見つかっていましたが、
食事、血圧、運動などの管理を続けながら経過を見ていました。
しかし、令和5年12月、左手と左足に麻痺が現れました。
病院でMRI検査を受けた結果、脳梗塞と診断され、そのまま入院することになりました。
点滴や薬による治療に加え、リハビリを受け、入院期間は約2週間でした。
脳梗塞と聞いたときは大きな不安を感じましたが、
早く病院へ行き、治療を受けられたことで、現在も日常生活を続けられています。

怪我の多い人生から気づいたこと

こうして振り返ると、私は幼い頃から本当に多くの怪我や病気を経験してきました。
しかも、その中には一歩間違えば命を失ったり、
重い後遺症が残ったりしていたかもしれない出来事がいくつもあります。

だからといって、怪我が多いこと自体を「運が良い」と考えているわけではありません。
私が幸運だと感じているのは、
怪我や病気を経験しながらも致命的な結果を免れ、回復し、現在も自分で生活できていることです。
一度でも重大な後遺症が残っていれば、できることや行ける場所は大きく変わっていたでしょう。

自分の足で歩けること。
自分の手で物を持てること。
好きなところへ行けること。
自分の意思で何かに挑戦できること。

当たり前だと思っていた毎日は、決して当たり前ではありません。
怪我をしたことばかり嘆くのではなく、今も残されているものに目を向ける。

それが、数多くの怪我から復活してきた私がたどり着いた「不幸中の幸い」という考え方です。

そして、このブログを書き続けることは、読者に自分の体験を伝えるだけではありません。
文章に書き起こしながら過去を振り返ることで、私自身が新しい気づきを得る時間にもなっているのです。

頭の中だけで思い出しているときには、怪我や事故を一つひとつの出来事としてしか見ていません。

しかし、起きたこと、そのとき感じたこと、助かった瞬間を文章にして並べていると、
これまで見えていなかった共通点が、少しずつ浮かび上がってくるのです。

「なぜ、あのとき助かったのだろう」
「危険を感じた瞬間、なぜ体がとっさに動いたのだろう」
「心のどこかで、ここから離れた方がいいと感じていなかっただろうか」

ブログを書きながら自分に問いかけることで、
昔の出来事が単なる思い出ではなく、現在の自分を知るための大切な材料に変わっているのです。

何度も危険な目に遭いながら、そのたびに間一髪で助かってきたのは、本当に偶然だけだったのでしょうか。

文章を書き、立ち止まり、もう一度振り返る。

その繰り返しによって、自分でも気づいていなかった心の動きや、とっさの判断が見えてくることがあります。

このブログは、読者に人生の経験を伝える場所であると同時に、
私自身が「もう一人の自分」の存在を再認識しながら、これまでの人生を整理する場所にもなっているのです。

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