多重債務に陥ったのは成長する前触れ

うわーっ
やっちゃいました

私がある事務所にいたときに、訪れてきた人が発っした言葉です。30歳ぐらいの女性の方で今問題になっている多重債務の相談です。入ってくるなり「やっちゃいましたー」っで、始まったわけですが、ものすごい違和感を感じました。調子がよく微笑みを浮かべており、まったく真剣さがないのです。

私もこの事務所で相談して、解決に向かっているときなので、事務所の人達と一緒に聞くことにしました。しかし終始うわの空で、まるで他人ごとのようです。自分は何もしないで、事務所の人達が動いて解決くれると軽く考えている感じを受けました。

困ったものですが、意を決して相談にきたのだから、できる限りのアドバイスはしてみることにしました。これからは大変ですが一緒に解決していきましょう。今日はこれから始まることへの下準備なので、事情を聴いたりしました。

多重債務に陥ったら、まず相談

他力本願では解決しない

「次にくる日までに、今まで借り入れしているすべての金額と、業者別に最初に借り入れた日付け・残高の合計・毎月の支払合計額、それと毎月いくらぐらいなら返済可能なのかを、すべて紙に書いてきてください」っと言いますと、なんと驚いたことに「えーっ私がするんですかー」には、10歩ぐらいドン引きしました。他力本願が根付いているようで「自分で解決する気はありません」と言ってるようです。本日はその人にふさわしい、借金解決の方法を決めるための下準備なので、まずは現状を把握していくことから始まるのですが、うーーむ、ひとめ、これはイカンナーです。

自分を変えなければ進歩がないばかりか、たとえ解決したとしても、また同じことの繰り返しになるので、正直あまり本気になれないです。誰かが何とかしてくれるという考え方では、あとあとの成り行きが、お察しいただけると思います・・・本題に戻します。

挫折は成長する前触れ

借金に行き詰まったときに、そこから立ち直る人や、また同じ借金を繰り返す人がいますけど、その違いとは何なのでしょうか、借金した現実よりも、そのときの考え方や行動にあるようです。借金に行き詰まったときは、自分の考え方を変える絶好のチャンスなのです。

つまり借金に行き詰まったことは問題ではなく、対処できないことが問題なのです。焦点を借金に合わせないで、処理する能力がない自分の考え方に向けるべきです。

相談したときから解決に向います

多重債務ですが、恥ずかしながら私にも経験があります。借入が膨らんでパニックになったときに、自転車操業で「まだ何とかしよう」としていると、どんどん深みにはまってしまうのは当然です。「おかしいな」「何とかしなければ」っで、ずるずるとしている時期は2~3年と長いのですがある日パタっと止まってしまいます。そして、

さぁ、どうしようです

じつわ借金ごとは
相談するまでが
悩んだり苦しんだりする

のです

相談した時点から
解決に向かっていきます

行き詰まったら開き直れ

人生長い間には、つまずいたり陥ったりするいうことは、大なり小なり誰でもありうることで、その時には一瞬ダメ人間の感じを受けてしまいます。私のブログのタイトルは自分を変えるです。自分のことは分からないものです。一見正しいと思って行動しているも、間違っているが故の挫折です。

考え方を修正しなさい
っと、問われているのです

たとえば私の場合ですが「何とかしよう」と考えるよりも「何とかしない」っと、開き直ったような気がします。「アレっそんなことは」と思うかもしれませんが、本来の自分に戻るための、一種のショック療法のようなもので、何もしない・行動もしないという意味とは、まったく違います。

大きな器を得るために必要

なぜ挫折したのか
意味があるから
挫折したのです

神様が「あなたはこのままでは、世の中から取り残されてしまいますょ」「あなたは世の中が必要としているのですょ」「そのためには足らない、邪魔をしている何かがあるのですょ」。「さあ、どうするのかね」っと、訪ねているのです・試されているのです。

今のパソコン時代に素晴らしい解決方法などは、ググってみればたくさんの経験談や方法・仕組みなどを知ることができます。しかし、それはその人の経験などから克服してきたその人の考え方なのです。知恵として知ることは大切ですけれども、良いとこ取りの、そっくりマネするだけでは解決になりません。問題は自分の考え方を変えて、自分なりの方法を習得しなければ、何も進歩しないばかりか、自分を成長させるために挫折した意味がありせん。

ゴチャゴチャと解決方法を考えてはみるも、結局は自分自身の方法を見つけるしかないのです。そういう意味でのやけっぱちな開き直りです。「もういいや」っでオロオロするよりも、「何があるのかな」「試されているのなら、一丁やってやろうじゃないか」っで、「何があるのだろう」「自分の不甲斐なさを怒りなさい」「不甲斐のないお前なんか、あっちにいけ」っと、追い払うべきに、がむしゃらに行動するべきなのです。

一番良い方法は自分が知っている

実際に開き直ってみると、自分の中から解決方法が見つかってくるもので、これが一番ベストな方法なのです。それまで眠っていた、本来の自分がヒラメキというカタチで知らせてくれるのです。「何とか払わなくていい方法はないかな」なんて逃げるような小さな心よりも、これなら払えるという考え方を徹底して話し合いをしていく。そうして「何とかなるわいな」「何とかするしかない」「行き着くとこまでやってやれー」っで、開き直ってずうずうしく火事場の馬鹿力で行動しているうちに、必ず解決していきます。しかも交渉の仕方などが身についてきます。

本気の流れでこころが広くなる

私の経験として、実際に交渉するにあたって「利息なしの50回払い」「この条件なら払ってみせます」「それ以外だと無理です」これで押し通しました。「えっそれは、絶対に無理ですょ」という鼻であしらったような、頑な(かたくな)な態度の絶体絶命の交渉から、何度か納得させて思い通りの結果に至らせております。このような感動を何度も味わっていうちに、今では本気の流れが必要であることを、分からせてくれた挫折に心から感謝しております。

「返さない」ではなく「返せない」

債務相談に訪ねてきた男性ですか、あまり知恵のない年配の人がいました。しばらく姿を見せないと思っていると、一人で交渉して解決したそうで報告に来られました。「っえ、ホントよかった」ですが、いろいろと雑談していると「返さないのではないのです。返せないのです」これだけを徹底したそうです。他人をアテにするより、自分で動いた方がインパクトが強いっと、気がついたのでしょう。「返せるようにしてください」を基本に、がむしゃらに動いて自力で解決した感動を味わっているようです。キラキラと輝いた目をみておりますと、こちらまですがすがしくなってきて、理想的な解決で良い感じでした。

解決するだけではなく、このように自力で行動する人になって欲しい、というのが私の願いなのです。まさに私のブログの自分を変えるというテーマにピッタリの人でした。このページの冒頭にある「えっ、私がするんですか」っとはえらい違いです。

挫折したときに自分の器が小さいと、対処する能力の入ってくるすき間がないのです。せっかくはいってこようとしても、こぼれているのです。器を大きくするために、神様がわざと試練を与えてくれているのです。オロオロの満杯の器でいくか、器を広げるべき行動にでていくかは、その人のその時の考え方と行動次第なのです。

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