貴方の願い叶えます

私たち人間は、何でも望みが叶って、誰でも言うことを聞いてくれることを、なにかしら望んでおります。しかし、現実は全く反対で、誰も言うことを聞いてはくれないし、何もしてくれないです。本来は、そのことを前提に、過ごして行くべきだと思うのですが、特に女性でおとなしい性格の人は、言いたいことも言えずに、心の中で「なぜ私のことを分かってくれないの」というような感じで、うつむき加減で、じっとしている人を見かけます。

周りが思うように動かない

大昔だと、しとやかな女性の印象を受けて、チヤホヤしてくれるのでしょうが、多様化して忙しい現在、やはり周りを観察していないような気がします。自分を中心に考えているので、側からみれば何を考えているのかが分からず、ハネにされたり、いじめに合ったりするのです。

思うように動いて欲しい

何もしなかったら何もありません。誰も動いてくれないし良いことなんかこないばかりか、悪いことばかりが起こってきます。水戸さんの印籠がある訳ないし、何でも願いを叶えられる魔法のランプなどもありません。

魔法のランプか、ちょっと待てよ。思い出しましたアラジンと魔法のランプという物語です。何でも望みを叶えてくれる魔法のランプですが意外と身近にあったりして

アラジンと魔法のランプ

貴方の願いを叶えますで、すぐに連想する物語です。千夜一夜物語・アラビアンナイトでの一説なのですが、このアラジンと魔法のランプの中に、ものすごいヒントがありました。

グータラで貧乏なアラジンは魔法使いにそそのかされ、財宝に囲まれた地下洞窟に入っていきます。重たい宝を持ちだそうとしたアラジンは、外へ出ることができず、魔法使いが激怒して入り口を塞いだため、生き埋めになってしまいます。やっとの思いで地下から脱出できたアラジンは、ランプしか持ち出せず、磨いて売ろうとランプをこすります。すると中から魔神が現れて「ご主人様お呼びになられましたか、何でも望みを叶えます」と尋ねてきました。

ご存じのように魔神によって望みどおり得られた財を元に、商売を始めて大金持ちとなり、皇帝の娘に恋をして、ついには結婚へとこぎつけてしまいます。魔神のチカラで見事に望みが叶ってしまい、めでたし、めでたしという物語です。

本当は、まだまだ詳しい続きもありますが、魔人が貴方の願いを、何でも叶えてくれるという、この物語の中にも教えがあるように感じましたので、私なりの考えを書き込んで行きたいと思います。

貴方の願い叶えます

それは誰でも、この
魔法のランプを持っている
ということなのです

魔法のランプは自分の心の中にあるような気がして、物語にある通りになぞってみました。

自分の心の中にある魔法のランプを、こすってみますと魔人が現れて
「ご主人様お呼びになられましたか、何でも望みを叶えてあげます」
っと言ってきます。
「〇〇の夢を絶対に叶えたいのです」
と言えば
「分かりました、その望み叶えてあげます」
と言ってくるだけなのです。逆に
「〇〇が、いろいろと忙しくて、どうしてもできません」
そうすると、もちろん
「分かりました、その望み叶えてあげます」
と言ってきますです。
見事に「どうしてもできません」という自分の願ったようになっていくのであります。

さてさて、ここで何となく
何かを感じませんですか

暑いから寒いから、あの人がイヤだから、世の中が悪いから、辛いから、面倒臭いからとできない理由ばかり並べて言い訳名人になっていたら、その通りの結果になってしまう、という教えもあるのです。

もう一人の自分

人間は、ある存在に気がつかないでいると、何が分からないかが、分からないままに、延々と過ごしていくハメになります。そのある存在とは、自分の中に居座っているもう一人の自分の存在のことです。じつわ自分の中には自分では意識していないけど無意識に動いているもう一人の自分が存在しているのです。すべての行動はこのもう一人自分が動いているのです。

このもう一人の自分は、ランプから現れてくる魔人と同じチカラを持っているのです。自分はこうあるべきだといくら考えて進もうとしてももう一人の自分が反対の後ろを向いていると、絶対に前に進むことはできないのです。信じられないのですが、自分の意思とは逆に無意識にブレーキがかかってしまうのです。

魔法のランプをこすって魔人を呼ぶ行為は、自分とは別の本来の自分、つまりもう一人の自分に問いかけてみる、という行為なのです。なぜならば、もう一人の自分が自分と同じ方向に向けば、魔人と同等のチカラを持ったもう一人の自分が動き出して、願いに向けて一直線に、しかも無意識に進んでいくのです。そしてめでたく願いが叶うということなのです。

だから
もう一人の自分には
やります

っと言うしかないのです

焦点が合わないとパニックを起こす

このもう一人の自分の存在が分からないでいると、自分のやろうとしていることと、実際にやっていることが違うということから、どちらに行けば良いのかが分からず、焦点が合わなくなるという現象が起こってきます。そして自分の身体の中でパニックを起こしてしまいます。つまり本来の自分と、もう一人の自分の行動が逆な場合は、思ったようにいかないということなのです。自分は目標を持っていて、努力しているのに、実際はやりたくないことを毎日続けている状態です。このもう一人の自分に気がついて前に向けてやることを考えた方が得策なのです。

願ったことが叶ってくる

「どのようになりたいのですか」と言われた時に、素直に「絶対に実現してみます」と言い切った方が、得策なのです。このように考えてみれば、何となくできそうな気がしませんか。

やりたくもないことをイヤイヤながらしていると、グチも出るし、何も考えずにダラダラしていたのでは、いいこととなど一つもありません。そして、いいことや楽なことばかり考えて、何も気がつかずにいると、思わぬ事故にあったりします。

たとえば、入院すると寝ていればいいだけで、イヤなことなどをやらなくていいことになります。何もしなくても誰も文句は言われないように、立派なできない理由を作るための事態が、引き寄ってきたりして、お望み通りになっていくのです。

病気・事故で長期入院しているときに、もし「働かないで楽チンでいいぞ」なんて考えていたとしたら「ひょっとしたら、自分はそんな逃げの考え方を、持っているのではないかな」っと、ちょっと疑ってみるといいかもしれません。

今していることとを、できる範囲で精一杯してみる。仕事・趣味・家族サービスなど自分で選んだ結果なのですから、自分の天職だと思って一つずつ確実にこなしていく。いやなことでも、不平不満など言わないで、試練だと考え直して、行動してみれば思わないようないいことが、潜んでいることに気がついてきます。

頑張れば頑張るほどソッポに

「いやだ」「お望みどおりに」

たとえば、やりたくない仕事をしていたりして「いやだ・いやだ・いやだ」などと思って毎日を過ごしていると、「いやだ・いやだ・いやだ」目標に一直線に向かっていきます。ランプをこすって魔人に尋ねてみるも「いやだ」を繰り返していると「分かりました、お望みどおりに」です。イヤな事をしなければいけない、という現実から「いやだ」という思いの中で動いていると焦点が合わずで、ギクシャクとした空気が、自分の周りに漂ってくるのです。

その結果、手足がダルイ・やけに眩しい・疲れが取れない、など自分の体に、様々な異変がおこり、しかも周りの人達が避けるようになる等、ストレスとして積み重なってきます。そのストレスが溜まり溜まると、周囲からは馴染めない雰囲気や違和感などが渦巻き、反感を買う、近寄りがたい、などの感情にからまれて、いつの間にか自然と離れていってしまいます。

もう一人の自分を前に向ける

しかも、怖いのはこれだけではありません。もう一人の自分が逆を向いていると、頑張れは頑張るほど、もう一人の自分の方向のソッポに行ってしまうのです。そうすると、どんなに頑張っても何をしても、ソッポのソッポに行ってしまう、という悪循環になってしまいます。何故かギクシャクする、どうも思い通りにならないと、感じている人は、もう一人の自分を意識する。そして、もう一人の自分を、自分と同じ方向に向けることを、考えるといいように思います。

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