ついグチってしまう

グチを言う心理

タクシーの運転手が、グチをこぼしていました。

「また〇〇さんのお迎えにいかんといけない。あの人、不満やグチばかり言っているので、嫌なんですよね」
「よく利用するので、自分は良い客だと、思い込んでいるんですから、運転手みんな嫌がってるんですょ」

「じゃあグチも聞いてあげんとイカンですね」

「ああ、調子を合わしては、いますが、ますます調子に乗ってきて、余計しゃべりまくってますょ」

っとかいう内容の会話が、しばらく続きますが、聞いていて、何かおかしいと思いませんか。っと言うより、違和感のようなものを感じませんですか。それは、グチをこぼしている、その客と同じように、タクシーの運転手も、私にグチっているという事です。タクシー運転手の中でも客がグチっても気にならない人もいるし、私だって気にはならないです。グチを言ってくるのがイヤなものだから、周りの仲間達もイヤなのだろと思い込んでいるのです。

グチを言ってきても、気にする人もいれば、ならない人もいる「っん、なぜなの」この時に、ひょい、と思いました。自分がやっている事と同じことを、他人がしてくると、気になるのかな。そのお客が、無意識にグチっているように、その運転手も、無意識に他人にグチっているようです。そして周りの人が自分と同じように嫌がっているという事に気がついいないのです。

グチをこぼす人って、周りの人が迷惑していることが、分からないばかりか「自分は何も出来ません」と言う、愚かさだけを、防露しているだけに過ぎないのです。お客さんが気がついていないように、その運転手も気がついていないのです。グチってる人が、可哀そうになって「早く気が付いてくれれば良いのに」です。

「しかしそのお客さん、よくもそんなに、他人の欠点を探すことが出来るものですね。欠点さがしの名人ですょ。逆に感心してしまいますょ」っとか言ってはみましたが、そのうちに静かになってきて、機嫌も良くなってきた。言う事を言ったら、気がすんで、スーッとしたんだろう、っま、これでいいのカモです。

グチは自分の愚かさを表現しているだけ

たとえば、周りをみてみると、不平不満を言っている人、グチってる人、はぶてている人、すぐに怒る人がいることに気がつきます。このような人は、周りの人や状況などが、自分の思い通りに、いかないからなのです。つまり自分でコントロール出来ないことを、みんなに知らせているだけなのです。「私は、イヤなのに何でみんな気がついてくれないのー」「だれか、何とかしてー」「だれかー」単なる他人を当てにしているだけで「誰かが何とかしてくれる」という意図が心の中にあるものです。そして同時に幸運からも世間からも見放されるのは、当然の原理なのです。

グチは、自分の愚かさをさらけ出すだけである

とは、ふっと思いついた言葉なのですが、自分でも良い言葉だと思います。そればかりか、良いことが逃げて行くだけではないのです。「幸せの神様」が愛想をつかしてスタコラと逃げていってしまいます。そうすると、そこに「幸せの神様」が大嫌いな「貧乏神」が「っん、」とか言いながら、隅の方からチラリと姿を現して、ニコニコ顔で近ずいてくるのであります。「そうじゃ、そうじゃ、お前の言う通りじゃよ、ホント、どいつも、こいつもくだらん奴ばっかりじゃのー、ケラケラケラ。おう、仲良くしようぜ」で、ますますグチに拍車がかかります。うーーむ、ここら辺で、まだ気が付かないで、ズルズルと生活していると「貧乏神」を一生涯ドップリと背負ったまま、歩んでいくことになります。

グチ、不満、悪口、イカリなどは百害あっても一利なしです。

よくよく考えてみるに、自分の思い通りにうまくいかないことは、ごくあたりまえの事で、トントン拍子にいく事の方が、むしろ異常なことであります。もしっうまくいったとしたら「アレっおかしいな」と異常だと思ったほうがイイ。このように考えればハラもたたないしグチも出ない。そうなんですょ

もう一歩バジョンアップして
うまくいかない事を喜んだ方が良い
です

そこには、うまくいかない理由が必ずあるはずです。それは、周りとかではなくて、自分自身の中にあるものですから、ちょっと考えてみるのも面白いです。その理由を悟る事でうまくいかない事実が、無駄にならないのです。その積み重ねで、ある時にフワリと浮くのです。うまくいかないたびにグチっていたりハラこいてたら、せっかくの自分を悟る機会がパーっになってしまいます。問題はグチっていることを無意識にしていて、本人が、まったく気ずいていないことにあります。一時も早く気が付くことです。

グチ、イヤミ、怒りは完璧な敵づくりです

人生辛い事などは当たり前、その辛い事態に対して不満ばかりグチってると、「私は起こってくる事態に対処していく免疫がないのですょ」「免疫を付ける気はサラサラありません」と言っているようなもので、これからも同じ事ばかりの繰り返しのグチ人生です。思い通りにならなず、誰からも「ハッキリしない、もうイライラする」という感じで接してくるのは当然です。さらに、グチ、イヤミ、怒りなどが、ますますひどくなって出てくることになります。

そして、自分の意思が伝わらないどころか、周りの人は、自分に対して戦闘態勢に入っていきます。内容よりも感情の方が相手に伝わるからです。5メートル以内に近ずいてくれば、こころの中で緊急事態に入り、アラームが鳴りひびき、戦闘態勢に入ってきます。こうなれば自分からはすべてが逃げて行ってしまいます。

自分が周りの人に近ずいた時、もし相手がこわばった顔をしたり、目をそらしたり、自分を避けているような気がしたら、無意識に戦闘態勢に入っているのです。「あれー、自分も、グチ、イヤミ、怒りなど無責任に言ってるのかな」っと、疑いを持ってみるべきです。案外と自分の事は気がつかないものです。

人の振り見て我が振り直せ

自分と同じ事を誰かがしていると気になるものです

誰かが気にいらない事をしていたら、自分も同じ事をしているのです

自分の欠点を分かる為に、気にいらない人も必要な存在なのです

私もグチっているかも

っん、まてょ、そういう私もこのように書いていながらも、グチを言ってたりして「自分で気が付かないだけかも」っと、ちょっと心配になったので、女房に聞いてみた

「ちょっと聞いてみるけど、オレってグチなんか言ってる?」
「誰かに、何か言われたのー?」
「いやっそうじゃなくて、ちょっと聞いてみるだけ」
「グチとか疲れたとかは聞いたことがないけど、イヤミは時々言ってるょ」
「そう、イヤミの方か」
「それと、機嫌が悪かったら、物を置くときにドスンと音を立てて置く」
「ふむ、フム、ふむ、イター」
そして、記憶を確かめるように
「不思議と疲れたと言う言葉は聞いたことがないし、グチも一回だけ、ほとぼりが冷めたころに、ポツンと言ったことがあるだけで、まったく聞いた記憶がない」とか言ってた。

とりあえず、グチは言ってないようだ。あまりガツガツせずに、ゆっくりと物を置くようにしてみるかです。そう言われれば、イヤミも思い当たるフシがありますもので、コレって、確かに感じ悪いので改めていきますです。

「あのー、自分ではジョークのつもりが、イヤミに、とられていたのカモ。うーーむ」

まだまだと思いながらも、そのつど改めるようにしてからは、イヤミやイカリなど相手を不快に思わせるような言葉は、徐々に徐々に少なくなってきております。そういえば、ふっとカガミに写っている自分に気がついて、怒っているような顔をしている事がある

「うわーっコワ、こっこれはイカン」

すぐに口角を無理やりあげて、こわばっている顔を微笑むようにします。このように意識してして、毎日過ごしているうちに、カガミを見なくても「あっ今コワイ顔をしてるなー」とか「アレ、今のはイヤミかも」と気が付いてくるようになりましたです。

「自分の欠点に気が付き、笑顔、笑顔で改める」

少しずつ改めるようにしながら生活していると、そのパターンが無意識化してきて、自分の態度を客観的に見れ、自信がもてるようになってきました。自分には、良い事しか起こらない感じ。

そして、ある事務所のソファーで横になって休んでいると、入ってきた人が、いきなり「おーっ何だか、いい顔してるねー、すごく安心したような顔だ」っと言われた「うーーむ、そうか」とか言って、自分の器が少しずつ広がって、良い事などに入れ替わりっているなというイメージに気がつきます。

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