戦争と平和はセットになっている

戦争と平和はセットになっている

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広島の中心部にギターの弦を買いに行きました。弦を買ってから少し町並みをブラリしてみました。しばらくすると平和公園に来てしまいました。広島にいながら原爆資料館に来たことなどないなあ。いや、ずいぶん前にあるような気がするけど、と思いながら入館してみることにしました。

廃墟になった広島の街

「原爆投下前」と「原爆投下後」の模型があり、こと細かに再現してありました。私は広島生まれなので懐かしく見ておりました「っん、たしか昔あった川がないなぁ」など、幼かった頃の思い出とダブラせてみて、ついつい長い間、見入ってしまいました。

余談ですが、調べてみると昔は7っあったけど山手川と福島川を現在の太田川放水路に統一され現在では6つしかありませんでした。

幸せを感じる街並み

そして資料館を出た後、紙屋町、電車通りを歩いていたら今、原爆資料館で見た、あの何もない原爆投下後の模型とダブってからか、今見ている街並みが、ものすごく狭くて窮屈に感じました。っと同時に,いま現在、自由に好きなことができ、そんな時代に生きていることに、改めて幸せを感じながら、歩いておりました。

幸せも闘いです

帰宅してから本日の行動をふり返ってみました。人間が、この世に生まれてきた限りは、何かしらの形で戦わなければいけないようです。幸せにしても仕事にしても、恋愛にしても、これって、すべてが闘いです。生きている限り、自分の幸せを守っていく為には、常に戦っていかなければならないのかなー。

常に戦いの連続

確かに今の日本は戦争もなく平和な時代が続いておりますが、違った意味で戦いは続いております。
〇 聞くに耐えない政治家の演説
〇 大きくなっていく自然崩壊
〇 悲惨な事故
〇 凶悪化してくる事件
〇 意味のない嫌がらせ
などが、現実に身近に起こってきております。

つまり戦わないと、他人からの言いなり人生になり、取り残されてしまうのです。その結果、不幸でみじめな生活をしなければいけくなるのです。戦うという意味が理解できなくて「私はそれでいいんです」という人もいると思います。それもアリかなということにしますが・・・

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