サラ金地獄からの脱出・人間切羽詰まると怖いです

ずいぶん昔になりますが、すごくヘコんだ時期がありました。わずか2年の間にサラ金6社と国金無担保融資に合計約800万円の借金ができたのです。

2年間に800万円

当然支払い不能に陥りました。目の前は真っ暗になり。途方に暮れるわ、焦点が合わずわで、仕事にも手がつかず、ただ月日だけが流れていくだけでした。原因ですが、事業とか何かに失敗した訳でもなく、体も、いたって健康で元気だし、頭も良い方だと思うし、ギャンブル、お酒、ソープランド、タバコ等、いわゆる男の遊びは一切なし、しかも仕事も、すごく順調だったのに、なぜそんなに借金が膨れたのか、不思議で仕方ありませんでした。 (たぶん今考えれば、調子が良いが故のどんぶり勘定で、イケイケ人生だったように思います)

ついに支払い不能事態に

毎月14万円捨てている

800万円の内訳ですが、200万円が国金無担保融資で、600万円がサラ金です。そのサラ金6社の600万円ですが、サラ金の600万円というと1ヶ月14万円が利息です。当然ですが、毎月14万円返済していたのでは、いつまでたっても、元金は全く減らないです。毎月14万円ドブに捨てているようなもので、行き詰まるのは当然です。催促にも、びくびくした毎日。不安をいらだたせながらも、自転車返済の繰り返し。当然ですが、バンクするのはもう目の前に来ております。

「どうなってんのか、よー分からん。何が分からんかが、分からん」いらいらした毎日が続く「うわっ、コレではダメだ。毎月14万円ドブに捨てている。いくら考えても生活不可能です」あっという2年間でしたが、ついに返済不能の時が、やってきました。その時は現実を直視しなければいけません。「くよくよするより、何とかするしかないじゃないか」っと言うよりも、くよくよしている場合じゃありませんですよね。

何とかする目標に頭を切り替える

よーし、一丁やったるか
私の人生で何とかする目標に頭を切り替えた瞬間です

うーーむ、何をやるのか、よー分からんけど、この「何とかする目標」に頭を切り替えた瞬間から、堰(セキ)を切ったように動き出しました。今、考えても不思議なくらい、すごい行動に出ていきます。人間切羽詰まると怖いです。もりもりと「何とかする」と言う目標が芽生え、行動が決まってくるものです。これから書いていく解決行動は、このブログ(自分を変える)を立ち上げたキッカケでもあり、自分の人生を大きく変えた出来事です。これは私が実際に行動して思い通りに解決した記録と、それまではなかったウロコ落ちまくりの学びばかりです。ぜひ参考にしてみてください。

サラ金地獄からの脱出

長い闘いの始まり

さあ、ここから長い闘いと、自分の心の中に異変が起こってきます。「サラ金と国金無担保融資で800万円か、何とかするしかないんだけど」などと、悩んでいるヒマなどはないです。頭を切り替えて、分からないなりに、とりあえず目の前の事から手を付けていったように思います。まずは、値切るれるところは値切りたおして、ダメもとで、いろいろな思い切った手で、強気で行動したようにも思います。相手の都合など、まったく無視、むし、ムシです。何とかする一直線で、それしか見えてませんでした。鼻息も荒くかなり強引な態度だったと思います。今では無事解決しており、ずいぶんと昔話になってしまいましたが、すべての借入が無事解決するまで、なんと15年間という月日を要してしまいました。  (サラ金の場合は9年間)

銀行・国金無担保融資の大幅減

とりあえず最初にした事は、すでにある銀行無担保融資分の130万円を含めた、2行合計分330万円の交渉からです。まず支払金額と期間延長を保証会社と交渉。 (無保証とありますが、公的機関の信用保証会社が保証人です) 改善方法や、これからの支払い金額などを記入した計画書を作成します。思い切って元金据え置きで交渉した結果ナント承認されたのです。しかも国金無担保融資も承認され、2行で支払い合計13万円を1年間は利息のみの7千円を支払っていきました。これは1年ごとに見直しをしていく、という考え方なので、1年後に残高の一括返済ができなければ、また支払金額と期間延長を交渉します。少し落ち着いた1年後から、毎月の支払を2万円に変更しました。1年後に一括返済できなければ、また交渉を繰り返します。

っん、これは行けるぞ
一回目の大幅減交渉で目の前が明るくなったのをキッカケに
大幅減行動に拍車がかかってきます

大幅減行動に拍車

少し余裕が出来たので、立て直す事ができました。調子に乗って住宅ローン・住宅金融公庫にも元金据え置き交渉しました。さすがに据え置きはできませんでしたが、ナント15万円から5万6千円まで減額、ナント9万4千円の大幅減で承認、1年後の交渉では完済まで7万1千円の支払いで承認されたのです。この時も、ずいぶん楽になったことを覚えております。

銀行・国金無担保融資の交渉は毎年繰り返していき、その都度承認されて完済まで、なんと15年かかりました。金額が金額なので当然ですが月日はかかり、その間の毎年の交渉など面倒くさくて、かなりの負担でしたが、少額づつなので仕方ありませんでした。これも15年間やり切りましたです。そして同じころ住宅ローンもすべて完済して、契約書と完済証明書を送られてきたのでした。

銀行・国金無担保融資の交渉に自信

この銀行・国金無担保融資と住宅ローン・住宅金融公庫の大幅減交渉までは無我夢中だったのか、あっという間でした。かなり余裕が出来てまして、ぐっと楽になりました「ふーっひと安心」ってかー「っん、ちょっと待てよー」「ちょっと待ってよ」ここで安心してはいられないですょね。ふっと立ち止まり、こころ新たに「すべてヨシでいけるぞ」です。
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