平和であるがゆえの戦い

平和であるがゆえの戦い

【前回の記事】


戦争が終わって70年を過ぎ、平和な日々に続いていることに感謝であります。しかし平和であるがゆえの戦いが続いております。一種の戦争でもあると思うのですが、このような状態で生活をしている私達ですが、翻弄(ほんろう)され油断していれば方向を失いがちです。

戦う環境の中で何をするべきか

不安のある現在の世の中ではありますが
このような状態で私達は
いったいどうすればいいのでしょうか

ひと昔前に仕事関係で、強烈にミサイル・核反対の運動をしていた人がおりまして「もしも、ここにミサイルが落ちてきたら、仕事どころじゃあないんだぞ」っと鼻息も荒く言っていたことを思い出しました。

確かにそうなれば大変で、まさにおっしゃる通りです。意識して持っておかねばならないのは大切なことなのですが、その為の対策専門家いるのです。私達が周りの環境など変えたり、お国の人たちに意見するのは、ものすごく難しい、っというより余計にややこおしくなってきます。それよりも自分のできる範囲でやれること・やらなければならないことをしていったほうが、世の中うまくいくというものです。

ミサイルよりも笑顔

周りには振り回されないで
焦点を
ミサイルよりも笑顔
です

見るべきトコロを、周りよりも自分の幸せ目標に向けてみる。人を笑顔にするためには、自分はいったい何ができるのかを考える。その為に今ある条件でベストを尽くしてみる。いま目の前にあることを、自分のできる範囲で最善を尽くす。

違う方面に目が向くと、イヤな現実から逃げているような感じがして、生活していく中でも何かと不都合ばかりが生じてくるし、せっかくの行動が無駄になってくるように思います。もしもそのように考えるならば、自分の仕事をしながらミサイルのことを考えるよりも、その方向に向かって専念するべきです。

不平・不満・グチ・悪口など、嫌なことなどから逃げることを考えるよりも、どうしたら自分を表に出せるのかを考えた方が得策だと思います。

遠くの山はきれいに見える

自分の目の前に起こっている事実には対しては不平・不満・グチ・悪口など、嫌なことばかりが目に尽きます。周りの人達は幸せに見えます。遠くに住んでいる人ほど幸せに見えます。しかし条件は、どこも同じなのです。目の前の嫌なことから逃げると、嫌なことが追いかけてきます。嫌なことに向かっていく、つまり追いかけていくと、嫌なことは逃げていきます

いいことは引き寄せるように意識して、悪いことに対しては徹底的に、追いかけて行くのです。そして戦うのです。そうしますと悪いことなどは、頭を抱えてスタコラサッサと逃げていくのです。嫌なことに対して免疫がついてくるので、苦にならないだけなのです。

考えてみれば不安があるから不安になるのではなく、その不安を乗り越えられないから不安になるのです。

不安に対しては
免疫をつけていくという
考え方次第なのです

平和な時代に感謝

ホンネとウラネ

「環境にやさしく配慮しましす」を売り文句に新製品販売している。実際にはそれを造るためにゴミや煙をバンバンだしている。本当に地球の環境を考えているならば、その会社をぶっつぶしてしまえばいいのに。

あれーっそうすると
大勢の失業者が出てくるなあ

便利なものが次から次へと出来ており、平和で便利な世の中になってきてはおりますが、それを作り続けなければいけない。車などが良い例で、ここ数年どちらに行っても渋滞だらけ工事中だらけです。

たてまえで、きれい事を言っても、やめるわけにもいかず、やはり地球は一定期間すると滅びる運命にあるのかなぁ。っと、また不安材料がでてきましたです。キリがないのでこのくらいでやめておきます。

今を幸せだと感じること

ところで屋根仕事の帰りに、汗を流しにスーパー銭湯に行ってきました。今日はキケンな作業だったし汚れたので、特に気持ちいいです。しばらくは、ふーっと一息などしながらのんびりと、ひとときのくつろぎタイムです。

よくよく考えてみれば、もし屋根から落ちたりしてケガをしていたら、病院のベットの中にいるのに、病院か銭湯か。ケガなし・病気なし・戦争なしに、今こうしてのんびりしていられるのも、ちょっと不思議な感じがします。ゆったりと湯舟に浸かっていられることに、改めて、感謝 感謝であります。

仕事も戦いの一種
戦いのあとに幸せありですかねぇー

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