落ち込んだときの考え方

人間は生活していく中で、何でもない言葉で相手を傷つけたり、自分も傷ついたりすることがあります。

自分を責めている自分がいる

何もする気力もなく、やる気もしない、ついつい落ち込んでしまってしゃがみ込んでしまう。しばらくはボーっとしているうちに時間だけが過ぎて行く。ダメだとか繰り返して自分を責め続けていると。そのうちに疲れてきてグッタリしてしまう。こんな経験は誰にでもあるものです。

落ち込んだときに
元気が出てくる言葉

があります

落ち込んだときは成長する前兆

自分を責めている自分がいる

落ち込んだときには無意識にしゃがみ込んでしまいます。何故しゃがみ込んでしまうのでしょうか。じつわ落ち込んだときにしゃがみ込んでしまうという動作は、ジャンプするためには必要な動作なのです。

必要があるから落ち込む

上に向かってジャンブするときもしゃがみます。つまりしゃがみ込むという行為は、ジャンプするためには必要な行為なので自分が成長していくためには落ち込む必要があるのです。落ち込んだときは成長しているのです。

ジャンプするには一度しゃがむ

より高くジャンプするには、思い切ってしゃがみ込む必要があります。そして、勢いをつけてジャンプすると、より高く飛ぶことができますっというよりも、そもそもしゃがまないとジャンブすることができません。このジャンプ前の助走のような期間が何かの形で起こってくるのです。その一つが何かに失敗して落ち込んでしまうということなのです。人間が成長していくには、勢いをつける期間が必要なのかと、実にうまくできているものだと感心してしまいます。

成長するには悪いことは必要

そのように考え方を変えてみると、やがてくる明るい未来が待っており、辛いことなど当たり前になってきて、乗り越えて行っているという免疫ができ上ってしまいます。しかも免疫がついてくれば無意識行動をするので、まったく苦にならないばかりか、うまくいくために悪いことが起こってると考えれば、これから先の全体像が見えてきたりします。何も考えないで、がむしゃらに「困った、何とかしよう」と、一生懸命に行動していたのでは、そのうちに息切れがしてしまいます。この理屈を理解して、いまはいいことが起こるジャンプに備えているのだと考えた方が、得策のように思います。

私は落ち込んでしまいました

私ごとですが、最近仕事上で落ち込むような失敗をしてしまいました。顔は硬直して長々と寝込んだりして、いつの間にはぼんやりとしておりました。くしくもこの記事を書き込んでいる途中でした。

まてょ、落ち込むのはジャンプするためではないかと。書き込んだ手前思い切ってすぐに開き直ってみました。考え方を変えてから、失敗よりも、さあ、どうするべきかを考えた方か得策だと書き込んでいるのです。

開き直ってみる

そうすると不思議です。開き直ったトタンに目の前が明るくなったような感じに、一歩前進したように思えましたです。失敗したことよりもどうするかですが、落ち込んでいる自分がいるだけで、周りの状況や人達はなにも変わってはいないのです。そう思うと何をすればいいかが明確になってきました。余計な心配をしたり、考え込んでしまっていつまでも落ち込んでいると、新たなる失敗を招いてしまうような気がするのです。そして4日ぐらい過ぎた頃ですが、少々手こずりはしましたが、結果的には何も問題はなく無事に一見落着です。

自分を変えるのブログに感謝

落ち込んだときにしゃがみ込むのはシャンプするためには必要なことなのです。くしくもこのブログを書き込んでいるときで、タイトルを考えている最中でした、グッとタイミングです。落ち込んだときの考え方でまとめてみたのがこのページなのです。

余談ですが、こうしてみるとこのブログを書き込んでいて一番悟っているのは私だったりします。書き込んだ手前やらねばなのですが、とりあえず思いついたことを書いている間にまとまってくるのです。あっ書き込んだ手前やってみなければっで、日にちをかけ修正しながらまとめております。つまり、しょっちゅうバージョンアップしておりますのでよろしくです。

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