自分を変えた方が早い!自分を変えないでなぜ他人を変えようとするの

自分を変えた方が早い!自分を変えないでなぜ他人を変えようとするの

周りの人達を観察してみると自分を変えないで周りの人達が変わって欲しいと願っている人が多いいように思います。自分のしていることは良いと思って信念を持つことは素晴らしいのですが、それは自分にあった方法だということで、人それぞれ違うということを理解するべきです。

どんなに素晴らしいことでも強制的であれば酷なばかりか、行き過ぎてしまうとモラハラ的な存在になってしまいます。そうすると周りの人達が無意識に避けたり敬遠したりしてしまうのです。「私は大丈夫、そんなことは言ってませんょ」とは言っている人でも無意識に口がら出ているのです。

どうも
周りの人達と馴染めないな
と感じたら

無意識に
強制言葉を言っている
のかもしれません

他人を変えることはできない

無意識に使っている指摘言葉

たとえば話しかけてきた人に対して・・・
「あたりまえじゃんか」
「そんなことはいいから」
「それよりも、こうしたらいいんじゃない」
「それ嫌いなのょ」
「どちらでもいいです」
「何でもいいです」
「いつでもいいです」
「よく分からないです」
「考えておきます」
「それを早くいってくれたらよかったのに」
「それは良くないんじゃない」
「分かって欲しいのですが」
「言いたいことは分かりますが」
「失礼ですが・・・」

などという言葉を日常的に返してはいませんか。 普段からみんなが言っていることなので慣れているせいか、あまり深く考えていない言葉ですが、なぜか違和感を感じませんか。実際に言われてみると、嫌な予感がしたりハッキリしない微妙な敵対意識が生まれませんか。すべてが相手を否定している言葉なのです。そして自分中心に考えているから出てくる言葉なのです。

自分を変えた方が早い!自分を変えないでなぜ他人を変えようとするの

指摘言葉は反感をかう

相手のことは適当に聞いて自分の心の中に、思い通りに変わって欲しいという、相手を否定して自分の言い分を通すような、指摘言葉を含んでいるのです。とくに相手のミスに焦点を合わしての指摘などは、不快を感じてしまうものです。

ものごころがついた幼いころは、みんなわがままでオモチャを取った取られたでケンカして、じだんだ踏んだり大声で泣いたりして、自分の言い分を通そうとしています。しかし大人になると社会の流れに乗らなければいけません。特に家庭を持ってしまったら責任と義務を負う必要があります。大人になっても子供のころの習性が残っていると、上辺だけは平常を装っても上記のような言葉が自然に出てくるものです。

「掃除すれば気持ちいいのに、なぜ分かってくれないのだろう」とか思ったり、つい口に出したりしています。よくよく考えてみれば分かることなのですが、他人を変えることなんて不可能なのです。なぜならば相手を変えようとすると、どうしても指摘することになり、指摘されると今のいまやろうと思っていても、やりたくなくなるものです。

上記のように言われたときに、瞬間的に感じることです。
「あたりまえじゃんか」⇒「オレってあたりまえじゃないのかな」
「そんなことはいいから」⇒「必要だからしてるんですけど」
「それよりも、こうしたらいいんじゃない」⇒「それはあなたの考え方じゃん」
「それ嫌いなのょ」⇒「私は好きなんですけど」
「どちらでもいいです」⇒「その返事が一番困る」
「何でもいいです」⇒「ホントに何でもいいのかょ」
「いつでもいいです」⇒「ホントにいつでもいいのね」
「よく分からないです」⇒「分からないじゃ分からないんですけど」
「考えておきます」⇒「考えておくだけだったりして」
「それを早く言ってくれたらよかったのに」⇒「それを早く聞いてくれればよかったのに」
「それは良くないんじゃない」⇒「良いと思ってるんですけど」
「分かって欲しいのです」⇒「私のことも分かってね」
「言いたいことは分かりますが」⇒「ホイトに分かってんの」
「失礼ですが・・・」⇒「失礼だと思うなら言わないで」

自分を変えた方が早い!自分を変えないでなぜ他人を変えようとするの

自分を変えることはできる

自分を変えないで
他人を変えようとしている人を
狂気の沙汰と呼ぶ

っということわざがあります。いつまでも気がつかないでいると最悪、事件・事故・犯罪などに進んでしまいます。他人が思い通りに動いて欲しい、思い通りにして欲しいなど「おもゃが欲しい」「やりたくない」っと、ダダをこねている子供がそのまま大人になった感じがします。

他人を変えようとすると苦しいしストレスになるだけ。だけど自分なら今日、今変わろうと思った瞬間から変わることができるはずです。

他人を変えるより
自分を変えた方がはやい

他人を変えようとすると変わらないばかりか、相手によれば反発をくらってストレスになるだけです。他人は変えることはできないと悟ることで、他人は変えることはできないことを前提に進んでいくべきなのです。

自分を変えるしかない
ということです

そして自分が変わってしまえば相手は確実に変わってきます。自分の中にトゲトゲしさがなくなり今まで見ていた景色なども明るくなってくるのです。自分をうまく変えようとする雰囲気や状態などが漂ってくるのです。

ただひとつ誤解してはいけないことがあります。ガマンして耐えなさいという意味ではありません。むしろ逆で自分の意見はハッキリと伝えなければいけません。うまく伝えるために、まずは受け入れるという行為をしてワンクッションおくのです。キャッチボールと同じで、自分を受け入れて欲しければ相手を受け入れるということなので、くれぐれも間違えないように。

自分を変えた方が早い!自分を変えないでなぜ他人を変えようとするの

自分が変われば相手も変わる

自分が変われば
相手は100%変わります

他人を変えようとすると無理があります。良い悪いは別として、まずは受け入れることから始めます。たとえばどんなにくだないと思っても一応は受け入れてみることなのです。 良い意見もあれば悪い意見だってあるとは思いますが、一見素晴らしいと思ったことでも実際にやってみると、自分には合わないということはよくあることです。

反対に悪いと思ったことでも実際にやってみると良いことだってあります。あるのに思い込みや自分のプライドが邪魔をして、言われた通りにするという行為にブレーキがかかってしまうのです。 やるかやらないは自分の自由なのですが、とりあえずは「そうなんですか」など同調言葉に言い換えてみますと、印象がずいぶん違うことが分かります。

まずは相手を受け入れるという考え方で、打てば響くというイメージです。 会話はキャッチボールといわれているように、お互いに相手が投げたボールを受け止めてから、相手に返していくという、会話はその連続ではないのでしょうか。まずは受け入れてから自分の意見を少し控えめに言うことなのです。

変わらない人もいる

自分が変われば
相手は確実に変わってきます

しかし
自分が変わっても
変わらない人もいる

中には、自分が変わっても相変わらず相手を変えようとゴリ押ししている人を見かけます、こんな人は川の流れに逆らっているようなもので、いくらもがいても流されてしまうというイメージです。自分を信じて間違っていないと思い込んで波に乗れない人達です。

いま問題になっているあおり運転とかマスク拒否とかと同じ理屈で、とばっちりがきたりします。っというよりもオーラが移ってはいけないので、相手にしないでスルリと交わしましょう。ヘタに注意するよりも天罰に任せるべきです。

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