本当に困り果てたときの魔法の言葉

本当に困り果てたときの魔法の言葉

どうしよう

目の前が真っ白になって
途方に暮れてしまう

本当に困り果ててどうしようもないってことがありませんか。そんなときに元気づける魔法の言葉があります。それはトンチで有名な一休さんにありました。

一休さんは自分が亡きあとに弟子達に一通の手紙を封筒に入れて残しておりました。将来困り果ててどうしようもなくなったときには、この封筒を開けて手紙を読むように、そのときまでは絶対に封筒を開かないようにと残した手紙です。

一休さんからの教え

一休さん亡きあと数年してその時期はやってきました。寺に大変な事件が起こり弟子たちが本当に困り果てしまって「もうダメだ、どうしようもない」「一休さんの封筒を開くしかない」と、おもむろに開いた封筒の中に書かれた文書が、たった一言・・・

大丈夫
心配するな
なんとかなる

です

なんだ、なんだ、何かのトンチなのか。いやいや、そうでもなさそうな、でもなんとなく、なんとなくホっとするような、今まで「もやー」っとしていたことが、ちょっとだけ晴れたような感じもするな。困ることが馬鹿らしくなるような・なんとかできる感じがする・でもなんだろう、一休さんのことだから何か深い意味があるような感じで、思わず考えさせられてしまいました。

心配は迷いを誘う

そこで本来の意味はともかくとして、この一休さんの教えを私なりに考えてみました。心配事は心配してもどうにもならないもので、悩めば悩むほどに自分の未来が見えなくなって不安になってくるだけです。その結果まだ来てもいない未来に対して、不安やストレスだけが先走りして前が見えなくなり正常な判断ができなくなります。

心配とは悩むことで
なんとかなるは
じゃあ、どうするか
と考えます

言い換えれば

心配するな、なんとかなるは
悩まないで、じゃあ、どうするかです

辛いと思うよりも難しく考えずに心に余裕を持つようにしていきます。それには頭の中にある困ったと思い込んでいることをすべて削除して、一度頭の中をリセットしてしまうのです。その空っぽになった空間に対処できる自分なりの方法をとり入れていく。見つめなおしながら繰り返しながら進んでいけば悩みなんて乗り越えられる、という教えなのかなと考えました。

それは過ぎ去ってみれば、現実に起こった困りごとなどはあまり大したことではなく、そのときの考え方や対処の仕方の方が重要であることに気がつきます。

起こってしまった現実
よりも
そのときの考え方です

悩むこと
よりも
じゃあ、どうするかです

辛いことは幸せ街道

ちなみに「辛い」という漢字ですが「+の上に立つ」と書きます。辛いと感じたときは+の上に立っているということ。つまり自分が成長している時期なのです。

辛いなー
でも自分が成長しているのだ

そう考えてみれば何となく希望が芽生えて笑顔が浮かんできます。そして毎日毎日「辛いときは自分が成長しているのだ」と考えながら暮らしていけば、やがてはその上に一本の横棒(-)が生えてきて「幸せ」という漢字になってきます。辛いことは必要があって繰り返して起こってくるのであり、素直に受け入れていけばやがては幸せで明るい未来が待っているのです。

人間は誰でも若いときには目の前のことしか見えず、自分の都合の良いことだけを取り込み、めんどくさい・辛いことなどからは目をそむけてしまいがちです。しかし・・・

「辛い」ことは当たり前であり「自分の欠点」に対処していく免疫がついていないから困るのであって、むしろ起こってくれた方が免疫が出来上がってくるので、心が広くなり世の中の流れに溶け込みやすくなるわけです。私もこの理屈を知らないでずいぶんと回り道をしていたようです。

心配するななんとかなる

しつこいようですがもう一度書きます。一休さんの教えの中にある「心配するななんとかなる」は言い換えれば「悩まないで、どうするか」です。心配とは「悩むこと」で、なんとかなるは「じゃあ、どうするか」です。目の前に起こったことは「悩まないで、どうするか」的に考えていけば自分の欠点に気がつき、必然的にソコから先が見えてきます。

逃げないでいつもこのように考えていると何があっても怖くないです。自分に自信を持てるようになった一休さんのさりげないこの教え、ひょっとしたら人生すべてこの一言ではないかな。

何もしなかったら
何も変わらない

最後にまちがっても「なんとかなる」を「そのうちになんとかなるだろう」と勘違いをして「何もしないで良いのだ」とは考えないように。何もしなかったら何も変わらないのです。どうにもならないだけで今の状態が延々と続いていくだけです。あくまでも「じゃあ、どうするか」の解決の方に焦点を合わせるべきなのです。

一休さんの教え心配するななんとかなるは聞いているだけでもこころが癒され、まだまだ深い意味がありそうです。

辛いと思うより
辛いを乗り越えられる
自分に感謝
なのでしょうか。一休さん

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