私はタバコをやめて40年!根性を試すつもりで「ちょっとやめてみるか」を繰り返す
【私がブログで伝えたいこと】
もう一人の自分を知る
何をやっても思うようにならないのは、自分の中に居座っているもう一人の自分に、コントロールされているからです。このもう一人の自分に気がつき理解さえすれば、思うようにならないという謎が解けてきます。うまく操ってさえやれば「人生は思い通りに変えることができる」のです。
OVSオーヴィス
私はタバコをやめてから
40年になります
昔タバコを吸っていたときは、家ではほとんど吸っていませんでした。寝タバコはしたことがなく朝起きてからは朝食後か水を飲んでから吸っていました。三日で二箱ぐらいのペースでタバコ一本の三分の一まで吸うと捨てておりました。私はタバコが自分に合わなかったので、なんども禁煙に挑戦しましたが気がつけばたばこを指に挟んでいたようです。
そしてあるときに軽い気持ちで禁煙を始めてから、それ以後40年断っている訳ですが、依存症になる前の段階のときに、考え方ひとつで苦もなくやめることができましたので、考え方など参考にしていただきたく書き込んでみました。 タバコは百害あって一利なしとも言われておりますが、分かってはいても習慣から続いているようです。タバコはからだに害があるのはもちろんですが、ポケットからタバコを取り出して火をつけ、吸った後は灰皿で火を消す訳ですが、その一連の動作も無駄なような気がするのです。また雨や嵐のときなどの管理方法も大変だと思うのです。
タバコは依存症になってしまえば、自分では治すことができないので薬や専門機関に頼ることになります。禁煙は依存症になる前に自力で治すことを決断しなければいけません。今回の私の記事は自分を思うように変えるために考え方を変えることに重点を置いております。私なりに実際にやめた経験から書き込んでおります。
考えが変われば行動が変わり
当然ですが
結果も変わってくるのです
私がタバコをやめた方法
禁煙するまでの考え方
生活していく中でも禁煙はしょっちゅう話題に上がってきます。中には「私はタバコを辞めないことを決心しました」と言っている人もいました。確かにタバコを吸っている人でも長生きをしている人達はたくさんおられますし、自分の体に合っているのでしょうか元気な人だってたくさんおられます。
もしもタバコが自分のからだに合っているならば、無理して辞める必要もないのかなとも思っています。それは無理に辞めると強いストレスから、体に障害が起こって来るように思うからです。タバコを吸って気分が落ち着くならばそれはそれで良いのかもです。
しかしここで気がついて欲しいのは、気が落ち着くのは一種の幻想だからです。実際にはタバコの害は体の中で異変を起こしているのです・たくさんの臓器が虫食られているのです。そんな現実があるのだということを、まずは頭に入れておかなければいけないということです。
症状がすぐに表面に現れてこない・事前に兆候が見られないということで、いろいろな器官が悲鳴を上げているのです。つまりタバコの害は実際に起ってみなければ分からないという、しかも表れたときにはすでに遅いという一種の賭けだということなのです。
タバコをやめたきっかけ
私はタバコを32歳の頃やめて40年過ぎております。それまで15年ぐらい吸っていましたが、やめたきっかけは移動販売をしていたときに、仲卸しの事務所で行商仲間10人ぐらいで雑談していたときです。「タバコちゅうのはやめられるんかいな」っと誰かが言ったのです。そのときに全員が
「よし、みんなで始めてみようか」
っと言ったのがきっかけでした
つまり
「ちょっとやめてみるか」
で始めたわけです
私もこのときに軽い気持ちで「ちょっと」で始めたのですが、あまり苦もなく自然にやめていたようです。当時はタバコをやめようと思っているも、やめることには難しいと思っていましたが、やはりこのちょっとが良かったように思います。
やめようと意識しない
そのときにタバコをやめようと思ったら、やめようと意識しないことだと思いました。飴玉を舐める・ガムを噛む・果物を食べるなど、意識を違う方向に転換するという方法もあります。
もちろんそれも一つの方法だと思って試したこともありましたが、やめるために飴玉を舐めたりすると舐めるたびに、タパコのイメージが浮かんだでくるのです。そして「タバコをやめなければいけない」そのためには、ガマンしなければいけないという意識も働くので苦痛になり、ついタバコを指にはさんでいたように思います。
タバコは嫌いだと思い続ける
根性を試すつもりで
ちょっとやめてみるか
私がタバコをやめることができたのは「タバコは嫌いだ嫌いだ嫌いだ」と、数年前から言い続けていたように思います。事実吸うたびにのどに違和感があり、3日で2箱ぐらいの量なのでタバコにはなじめない性格だったのです。でもやめたいとは常に思ってはおりましたが、無理にやめようとして力んでしまうと、余計に意識してしまって逆にストレスを感じて疲れてしまうのです。
脳がタバコは嫌いだと判断する
それよりもタバコが嫌いだ嫌いだ嫌いだと毎日毎日言い続けていると、タバコが嫌いだというイメージが脳の中に浸透してきたように思います。そして、あるときにやめられるような状態が団子のごとく立て続けに起こってきたのです。そのキッカケが全記事にあります「ちょっとやめてみるか」なのです。
当時は冬の時期で移動販売が忙しく、タバコを買うにも自動販売機に行くヒマがなく・見つけたときには財布がなく・のどが風邪気味だったり・財布も自動販売機もあっても、大雨で車から出るのが面倒だったりと、タバコを手にできないような状況がしばらく続いていたようです。あまりにも長く続いたので、タバコに火をつけるのも面倒くさくなり「まあいいや」で特に欲しいとかはなく、いつの間にかやめていたようです。
タバコが嫌いだ嫌いだ嫌いだと
毎日毎日思い続けていたのが
効いたのかな
タバコのイメージをなくする
私がやめられたのもタバコがあまり自分に合ってなかったんですね。それでも15年ぐらいは吸っており、習慣からタバコを指にはさんでいたのですが、事実あのときの「ちょっとやめてみるか」のきっかけで自然とやめることができたのです。
やめるような状態が起こる
やめるために苦痛などまったくありませんでした。半年した頃に隣でタバコを吸ってる人がいて、美味しそうだと思ったものの吸いたいとは思わなかったのです。
思い起こしてみると、偶然にも販売機がない日が続いたりしたのも、日頃から、嫌いだ嫌いだ嫌いだと思い続けていたことから、本当に嫌いだという思い込みができあがってきたような気がします。なので辞めていくような状態(チャンス)が引き寄ってきたときに、すぐに波に乗ることができたのだと思います。今でもいつの間にか苦もなく自然にやめていたような感じがしています。
微笑んでいる人達がいる
そういえば今こうして書き込んでいると、その当時に不思議なことを考えていたのを思い出しました。
嫌いだと思っているのに
なぜタバコを吸ってるの
なぜタバコを吸わなければならないの
嫌だと分かっているのになぜ
害があるだけでお金もいるし
っん、タバコって中毒じゃん
何だかみんな吸って中毒になっている
しかも平然と
高額タバコ税もどこに行ってるの
販売元や仕切っている政治家など
たくさんお金が入って喜んでいる人達がいる
何だかあのビルの上から
中毒患者の姿を見ながら
裕福に暮らして微笑んでいる人達がいる
コレって
何だかバカらしくない?⤴
こんなグチらしきことがチラチラと、頭に浮かんできましたです。だからカナ徐々にですがタバコを吸うことが、本当にバカらしくなってきたようなったのです。
禁煙から40年後の今感じること
タバコが嫌いだ・タバコが嫌いだ・タバコが嫌いだ・タバコが嫌いだ・タバコが大嫌いだ。っとタバコ大嫌いのイメージを自分の脳に叩き込みます。タバコで肺が黒くなっていく姿をイメージし続けてみる。何だか吸いたくなくなりませんか。毎日吸っている生活が不安になりませんか。それが嫌だと本気で脳が感じるようになってくると、本来のもう一人の自分が危険を察知して「もうやめろ」とコントロールしてくる。つまり無意識にやめていくような状態・雰囲気が漂ってくるのです。
タバコを断つには
私はタバコが大嫌い
何度も自分に言い聞かせる
自分の中に浸みこませていく感じです
タバコで真っ黒になった
肺の写真を見る
これは勇気いりますが
効果てきめんです