
私はタバコをやめて43年|根性を試すつもりで「ちょっとやめてみるか」が第一歩
私は現在74歳
タバコをやめてから
43年になります
まだ若かりしころタバコを吸っていたときは、家ではほとんど吸っていませんでした。
三日で二箱ぐらいのペースで寝タバコはしたことがなく、
朝起きてからも朝食後か水を飲んでから吸っていました。
タバコ一本の三分の一ぐらいまで吸うと捨てており、どうもタバコが自分に合わなかったのか、
何度も「やめようかな」っとか思ってはいましたが気がつけばたばこを指に挟んでいたようです。
そんなある日のことです、軽い気持ちで禁煙を始めてからそれ以後43年断っている訳ですが、
依存症になる前の段階のときに、考え方ひとつで苦もなくやめることができたことに感謝です。
タバコは百害あって一利なしとも言われており、からだに害があるのはもちろんですが、
ポケットからタバコを取り出して火をつけ、吸った後は灰皿で火を消す訳です。
その一連の動作も無駄なような気がするし、雨や嵐のときなどの管理方法も、大変だったように思う訳です。
しかもタバコは依存症になってしまえば、
自分では治すことはかなり難しいので、薬や専門機関に頼ることになります。
「禁煙」は依存症になる前に、自力で治すことを決断しなければいけません。
今回の私の記事は自分を思うように変えるために考え方を変えることに重点を置いております。
当時の禁煙経験から、思い出しながら書き込んでおりますので、ぜひ参考にしていただきたいと思います。
考えが変われば
行動が変わり
当然ですが
結果も
変わってくるのです
私がタバコをやめた方法
禁煙するまでの
「考え方」
生活していく中でも禁煙は、しょっちゅう話題に上がっております。
中には「私はタバコを、絶対に辞めないことを決心しました」と言っている人もいました。
確かにタバコを吸っている人でも、長生きをしている人達はたくさんおられますし、
自分の体に合っているのでしょうか、元気な人だってたくさんおられます。
もしもタバコが自分のからだに合っているならば、
人それぞれで無理して辞める必要もないのかなとも思ってはおります。
それは無理に辞めると強いストレスから、体に障害が起こって来るように思うからです。
タバコを吸って気分が落ち着くならば、それはそれで良いのかもです。
しかしここで気がついて欲しいのは、気が落ち着くのは一種の幻想だからです。
実際にはタバコの害は
体の中で異変を起こしているのです
たくさんの臓器が虫食られているのです
そんな現実があるのだということを、まずは頭に入れておかなければいけないということです。
症状がすぐに表面に現れてこない
事前に兆候が見られない
ということで、いろいろな器官が悲鳴を上げているのです。
つまりタバコの害は実際に起ってみなければ分からないという、
しかも表れたときにはすでに遅いという一種の賭けだということなのです。
タバコをやめたきっかけ
私はタバコを32歳の頃やめて43年過ぎております。
それまで15年ぐらい吸っていましたが、
やめたきっかけは移動販売をしていたときに、仲卸しの事務所で行商仲間10人ぐらいで雑談していたときです。
「タバコちゅうのはやめられるんかいな」っと誰かが言ったのです。そのときに全員が
「よし、みんなで始めてみようか」
っと言ったのがきっかけでした。
つまり
「ちょっとやめてみるか」
で始めたわけです
私もこのときに軽い気持ちで「ちょっと」で始めたのですが、
あまり苦もなく自然にやめていたようです。
当時はタバコをやめようと思っているも、やめることには難しいと思っていましたが、
やはりこの「ちょっと」が効いたように思います。
やめようと意識しないこと
そのときにタバコをやめようと思ったら、やめようと意識しないことだと思いました。
飴玉を舐める
ガムを噛む
果物を食べる
など、意識を違う方向に転換するという方法もあります。
もちろんそれも一つの方法だと思って、試したこともありました。
しかし、やめるために飴玉を舐めたりすると、舐めるたびに、タパコのイメージが浮かんだでくるのです。
そして「タバコをやめなければいけない」
そのためには、「ガマン」しなければいけないという意識も働くので苦痛になり、
ついタバコを指にはさんでいたように思います。
タバコは嫌いだと思い続ける
根性を試すつもりで
ちょっとやめてみるか
私がタバコをやめることができたのは
「タバコは嫌いだ嫌いだ嫌いだ」
と、数年前から言い続けていたように思います。
事実吸うたびにのどに違和感があり、3日で2箱ぐらいの量なのでタバコにはなじめない性格だったのです。
でもやめたいとは常に思ってはおりましたが、
無理にやめようとして力んでしまうと、余計に意識してしまって逆にストレスを感じて疲れてしまうのです。
脳が
タバコは嫌いだ
と判断する
それよりも、
「タバコが嫌いだ嫌いだ嫌いだ」
と毎日毎日言い続けていると、タバコが嫌いだというイメージが、脳の中に浸透してきたように思います。
そして、あるときにやめられるような状態が、団子のごとく立て続けに起こってきたのです。
そのキッカケが、行商なかまの雑談から出てきた「タバコちゅうのはやめられるんかいな」にあります。
そして、「ちょっとやめてみるか」です。
当時は冬の時期で移動販売が忙しく、タバコを買うにも
自動販売機に行くヒマがなく
見つけたときには財布がなく
のどが風邪気味だったり
財布も自動販売機もあっても
大雨で車から出るのが面倒だったり
と、タバコを手にできないような状況が、しばらくのあいだ続いていたようです。
あまりにも長く続いたので、タバコに火をつけるのも面倒くさくなり
「まあいいや」で特に欲しいとかはなく、いつの間にかやめていたようです。
それまで日頃から、
「タバコが嫌いだ嫌いだ嫌いだ」と、毎日思い続けていたのが効いたのかな。
タバコのイメージをなくする
私がやめられたのもタバコがあまり自分に合ってなかったんですね。
それでも15年ぐらいは吸っており、習慣からタバコを指にはさんでいたのですが、
事実あのときの「ちょっとやめてみるか」のきっかけで、自然とやめることができたのです。
「思い込み」は、ある時をきっかけにやめるような状態が引き寄ってくる
やめるための苦痛などは、まったくありませんでした。
半年した頃に隣でタバコを吸ってる人がいて、美味しそうだと思ったものの吸いたいとは思わなかったです。
思い起こしてみると、偶然にも販売機がない日が続いたりしたのも、
日頃から、「嫌いだ」と思い続けていたことから、「引き寄せの法則」とやらで、
本当に嫌いだという「思い込み」が、現実化してきたような気がします。
なので辞めていくような状態(チャンス)が引き寄ってきたときに、すぐに波に乗ることができたのだと思います。
今でもいつの間にか苦もなく、自然にやめていたような感じがしています。
微笑んでいる人達がいる
そういえば今こうして書き込んでいると、その当時に不思議なことを考えていたのを思い出しました。
嫌いだと思っているのに
なぜタバコを吸ってるの
なぜタバコを吸わなければならないの
嫌だと分かっているのになぜ
害があるだけでお金もいるし
っん、タバコって中毒じゃん
何だかみんな吸って中毒になっている
しかも平然と
まてよ、高額タバコ税もどこに行ってるの
販売元や、仕切っている政治家など
たくさんのお金が入って、喜んでいる人達がいる
何だかあのビルの上から
中毒患者の姿を見ながら、裕福に暮らして微笑んでいる人達がいる。
コレって、何だかバカらしくない?⤴
こんなグチらしきことをチラチラと、頭に浮かんでいましたです。
だからかな、徐々にですがタバコを吸うことが、本当にバカらしくなっていたようなのです。
禁煙から43年後の今感じること
タバコが嫌いだ・タバコが嫌いだ
タバコが嫌いだ・タバコが嫌いだ
タバコが大嫌いだ
っと、タバコ大嫌いのイメージを自分の脳に叩き込みます。
タバコで肺が黒くなっていく姿をイメージし続けてみる。
何だか吸いたくなくなりませんか。
毎日吸っている生活が不安になりませんか。
それが嫌だと本気で脳が感じるようになってくると、本来のもう一人の自分が危険を察知して、
「もうやめろ」とコントロールしてくる。
つまり無意識にやめていくような状態・雰囲気が漂ってくるのです。
タバコを断つには
私はタバコが大嫌い
何度も自分に言い聞かせる
自分の中に浸みこませていく感じです
タバコで真っ黒になった肺の写真を見る
これは勇気いりますが効果てきめんです。
2023.08.17
【特集】ギャンブル依存症は「ちょっと」から始まる|その前に知るべきこと
ギャンブル依存症は「ちょっとだけ」から借金や債務整理、家族問題へ広がることがあります。パチンコをやめたい、負けを取り戻したい人へ、相談・治療・再発防止・金銭感覚の整え方と、生活を立て直す第一歩を家族にも役立つ形で解説します。相談前に役立つ内容です。…